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十二章  百十八年後の使者  2

 レッジが口ひげの下から白い歯を覗かせた。


「どうやら吹っ切れたみたいだな。さあ、ここが入り口だ。俺とフィンしか知らない、もう一つの地下室だ」


 アンジとじいさんはレッジの指差す方を見た。前にフィンから教えてもらった隠し扉が開いていた。その先は地上へとつながる階段になっていたが、レッジの指先は階段と扉の間にある広い空間を指していた。


「この床が入り口になってる。隠し扉のすぐ後に隠し扉を作れば、見つかる可能性はかなり低いと考えたからだ」


 レッジは床にあるわずかな窪みに手を入れ、階段の側へスライドさせた。床は低い音を立ててゆっくりと動き、それは、アンジがさっき聞いた岩と岩がこすれ合う音と同じだった。扉の下は階段で、下へ下へと伸びている。底の方からわずかな明かりが漏れていた。


「こんな地下深くで何をしようってんだ?」


 狭い階段を息苦しそうに下りながら、アンジが非難がましく聞いた。レッジは得意げな表情でアンジを振り返った。


「見れば分かるさ」


 階段を下りると、そこはもう別世界だった。

 小さな部屋に、アンジが見たこともないような機械がぎっしりと詰め込まれていた。赤や青、黒といった細いコードが束になって床の上を這い回り、それぞれが血管の役割を担ってコンピュータどうしをつなぎ合わせている。上からも下からも機械の発する精密な音が発せられており、ある場所から赤い光がパッと放たれたり、モニターの映像が独りでに切り替わったりと、百人ほどの科学者が忙しなく働いているように思えてならなかった。だが、その空間にたった三人しかいないのは確かだった。


「フィン、聞こえるか? 聞こえたら応答してくれ」


 アンジが目を皿のようにして部屋を観察していると、レッジの声が聞こえてきた。アンジはじいさんを引っ張ってレッジの元へ歩み寄った。レッジは大きな白いイヤホンマイクを装着し、何かを聞き取ろうと試みていた。イヤホンのコードがつながれているのは、針の付いたメモリや、突起状のスイッチが横一列にびっしりと並んだ、これまた大きな機材だった。


「フィン、聞こえたら応答してくれ、フィン……ダメか」


 レッジはイヤホンマイクを机に置き、黙ったままのアンジとじいさんを見つめた。


「何かあった時のために、フィンにはいつも小型無線機を持たせていた。さっきから呼びかけているのだが、応答がないんだ」


 アンジは顔を曇らせた。


「何があったのか、もう話してくれてもいいんじゃないか?」


 無頓着なコンピュータに取り囲まれながら話を聞くなんて御免だったが、アンジはそのことを口にしなかった。レッジは上着のポケットから銀の灰皿を取り出し、机の上の書類を払い除け、空いたスペースにそれを置いた。どこからか葉巻を取り出すと、口に咥え、手馴れた様子で火をつけた。


「すべての発端は……そう、お前たちがフィンを訪ねたことだった。あの日、ファージニアスという男がアーチャと共に酒場に入ってきた。そして挨拶がてら、フィンにチョコレートを手渡した。だが、渡したのはそれだけではなかったらしい。小さく折りたたまれた即席の手紙が一緒だった。内容は、明日の深夜、三人で密会できないか? というものだった。次の日の真夜中、俺とフィンの元にあいつが来た」


「ファージニアスと何を話したんだ?」


 アンジがせっついた。レッジは葉巻を灰皿の上に置いた。


「まず初めに、あいつは自分の正体を教えてくれた。グレイクレイ国から派遣された軍の一人だということを。その証拠に、俺たちが軍の研究室で使用していた百五十の数字で構成される作業員ナンバーを、一字一句間違えることなく答えてみせた。その瞬間、俺とフィンは覚悟を決めた」


「うさんくさい奴だと思ってたんだ!」


 アンジが憤慨した。そのかたわらで、レッジが冷静に葉巻を咥えなおした。


「だが、ファージニアスの狙いは俺たちではなく、本当の目的は別にあるらしかった。見逃してほしければ私の手伝いをしろと、俺たちを脅してきたんだ。その内容はこうだ。まず、ある程度の時間を置き、アーチャたちの警戒心が緩むのを待つ。食料も尽きかけてきた頃を見計らって、誰もが目を奪われるようなご馳走を用意する。その料理に強力な眠り薬を混ぜ、深い眠りへと誘う。その隙に軍を呼び寄せ、抵抗できなくなったアーチャたちを国軍に引き渡す」


「ちょっと待てよ」


 アンジが待ったをかけた。


「ファージニアスの目的はアーチャたちを捕まえることだったのか? それじゃあどうしてじいさんと俺を見逃すようなことをしたんだ? しかも今頃になってそんなことを……」


「話を最後まで聞け」


 レッジがぴしゃりと言った。アンジは腑に落ちないという表情でレッジを見た。


「軍が大勢で押しかけてきた時、指揮を取っていたのはジェッキンゲンという男だったのだが、そいつはファージニアスの姿を見つけるなり、魔法を使って彼を気絶させた。油断しきっていた俺たちに弁解の余地はなかった。フィン、アーチャ、シャヌ、ファージニアスは連れて行かれたが、俺は不必要な者として扱われた……フィンが持ってる軍の秘密に比べれば、俺の存在などちっぽけなものだったのかもしれないな。そこのじいさんは眼中にすらなかったようだが……」


 鼻からたっぷり煙を吐き出した後、レッジは続けた。


「つまり、どうしてファージニアスがアーチャたちを裏切るようなことをしたのか、俺にも分からないってわけだ……確かなことは、アーチャたちは今、軍に連れて行かれてここにはいないってことだな」


 アンジの口から出るのは、うなるような低音だけだった。


「連れて行かれたって……一体どこへ? また海底か?」


 レッジは物思いに耽るような眼差しで葉巻をくゆらせた。


「分からない。だが、これは俺がまだ軍内部の研究所で働いていた時の話だが、血族狩りで捕まった奴らは、一旦本部へと輸送され、何らかの検査を受けてから海底へ運び込まれる仕組みになってるんだ。彼らが同じ経緯を辿るかどうかは分からないが、軍の拠点へ連れて行かれるのは確かだ。だとすると、おそらく今は輸送機の中だろうな……つまり、空の上だ」


 アンジの怪訝そうな表情を察して、レッジが言い添えた。アンジの鼻息が荒くなった。


「空の上だって? 助けるも何も、手の出しようがないじゃねえか! ……どうでもいいけど、あんた何でそんなに冷静なんだ?」


 レッジは自信に満ち溢れた表情でにやりと笑ってみせた。


「俺たちは腐ってもルーティー族だ。俺とフィンは常日頃から軍と敵対するための作戦を考えてきた。最終的な脱出はあいつらに任せるしかないが、そのきっかけを作ることならできる。相棒がいれば、俺たちに不可能なことなどない」


 レッジは無線機を始めとする部屋中の機械類を見渡し、得意げな表情でアンジを見た。


「こいつらは軍が廃棄した精密機器だが、俺がみんな修理してやった。型は古いが、中身は世界最高レベルの電子機器を使用してカスタマイズした。グレイクレイ国軍の扱う高性能コンピュータをハッキングするなんて造作もないことだ。この無線機がこんな地下で電波の送受信ができるのも、中継機を使用した特殊なシステムを取り入れているからで、まあそんなに難しいことじゃない。ヒト族でも扱える代物だ」


「……ふーん」


 意味が一つも理解できなかった者の典型的な答えがこれだった。無論、アンジもその一人だった。


「だが、フィンと連絡が取れなければどうしようもない。今日はもう遅いから、交代で仮眠を取りつつ、フィンからの連絡を待つとしよう」


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