十一章 美しき罠 1
『みんなへ。
にい、お手紙ありがとう! あたしたちも、町のみんなも、何ら変わりはないから心配しないでね。トナは同年代の子供たちとの交流は幼稚すぎるからって、遊び相手がいないの。にいの帰りを誰よりも心待ちにしてるみたい。だから、そんな時は姉のあたしが相手をしてあげるの。でも、あたしがトナにできることといったら、服の袖に手を通すのを手伝ってあげるくらいなんだけど……。
にいの言うとおり、軍の格好をした捜索隊が6人、すっごく大きな装甲車に乗ってグレア・レヴにやって来たよ。兵士たちはみんな威圧的な態度で、あたしたちはなるべく物陰に隠れて、その様子をじっとうかがってたの。
リーダーみたいな人がいて、あとの五人は部下だと思う。地図とコンパスを照らし合わせてあちこち動き回ったり、掃除機みたいな大きい機械を使って地面や土の具合を調べてた。本当にシャヌだけが目当てだとしたら、あまりにおかしな行動だと思わない?
二日経った今でも、捜索隊はグレア・レヴに滞在してる。時々、お得意の巨大な無線機を使って外部と交渉してるみたいよ。軍って組織は、使う物をみんな大きくしなきゃ気が済まないのね、きっと。
何かあったら早急に手紙を送ってね。あたしも自分なりに頑張ってみるから!
カエマより』
「カエマって、何歳だっけ?」
手紙を読み終えたアンジが、顔を上げるなりアーチャに聞いた。
「五歳」
アーチャはきっぱりと断言した。
「五歳児の書く手紙かよ、これ」
手紙を恐る恐る折りたたみながらアンジが言った。
「きっと、ものすごく賢い子なのよ」
壊れたラジオに両手をあてがいながら、シャヌがそう言った。それは、アーチャが廃材置き場から拾ってきたものだが(おそらく“拾い物”の目利きにおいて、アーチャの右に出る者はいないだろう)、今、シャヌの魔法でその破損したラジオを復活させようと試みているところだった。自らに宿る魔力をただ恐れ続けていたシャヌだったが、最近では、何か人のために役立てようと自分なりに努力しているようだった。薄暗い地下室でこうして手紙を読めるのも、シャヌが魔法で部屋を明るくしてくれたおかげだった。地下全体は今、発光塗料が壁一面に塗られたかのように明るかった。
だがアーチャはその反面、シャヌに無理強いをさせているようで後ろめたかった。自分からラジオを直したいと進み出たシャヌだが、本当はアーチャたちを気遣っているだけなのかもしれない。
「私なら大丈夫だよ、アーチャ」
修復途中のラジオからアーチャへと向けられたシャヌの眼差しは、自信に溢れた揺るぎないものだった。
「アーチャは、私が無理して魔法を使ってると思ってる……でしょう?」
シャヌの考えは、アーチャの心の的を真ん中から射抜いていた。
「何で分かるの?」
アーチャが不思議に思って尋ねると、シャヌは微かに笑って、またラジオに視線を戻した。
「だって、アーチャの心配事はいつも顔に書いてあるもの」
アーチャは思わず、両手でパチッと頬を覆い隠した。
「アーチャと出会ってからも、私は他人から特別視される珍しい生き物として存在しているんだって、ずっとそう思ってた。でも、グレアさんに言われてから気付いたの。マイラ族であること、魔力が宿っていること……そのすべてを認めてくれるアーチャたちがずっとそばにいてくれる。それは、誰よりも幸せなことなんだって、やっと気付くことができた」
シャヌの手から放たれる青白い光がより強く輝き、ラジオ全体を優しく包み込んだ。
「だから、私はもう魔法を恐れない。みんなに認められたこの力を、生まれ持ったこの力を、もう恐れない」
その時、ラジオのスピーカーからノイズに混じった東部地方の民謡音楽が聞こえてきた。アーチャとシャヌは顔を見合わせ、互いににっこり微笑んだ。
シシーラに滞在してから五日が経った。その間、カエマからは二通の手紙が届いたが、そのどれにも、状況が好ましくなるような兆候をうかがわせる文章は書き記されていなかった。捜索隊は依然として町に居座り続けているらしく、町の端から端まで入念に何かを調査しているらしかった。
アーチャは、ユイツが言いかけた『捜索隊がやって来るもう一つの理由』が何か関係しているに違いないと確信していた。あのスラム街の地下に宝物が埋まっているとは到底思えないが、軍がこれほどの時間を費やして街を調査しているところから、何かしらの利益があってのことだろう。
軍が考え出すことなんて昔から不明瞭なことだらけだが、ここにきてスラム街にまで手を伸ばすところを見ると、『ザイナ・ドロ将軍の頭もとうとう老衰でいかれ始めたらしい』という根拠のない噂は、誰もが辿り着くべき明瞭な結末といえるだろう。
アンジにしてみれば、そんな世間の不安の種なんかどこ吹く風だ。というのも、アンジはここ最近、朝から夕方まで外出していることが多かった。行き先は告げないが(いつもヘタな理由を残して出て行ってしまう)、アンジを尾行しなくとも、アーチャにはその行き先がどこなのか言い当てられる自信があった。
「あの家族の住んでる屋敷を訪ねてるのさ。間違いないね」
残り少ない食料によってまかなわれたシャヌの手料理で、胃の中を満腹感と幸福感でいっぱいにしながら、アーチャは自信たっぷりにそう言った。それは、アンジが店の裏口から出て行った直後のことだった。
「きっと嬉しいのよ。同じ仲間に巡り会えたんだもの」
ミルクを温めていたシャヌが、アーチャの荒立った気を落ち着かせるような優しい口調でそう言った。この数日の間、あのイクシム一家を話題にすることが幾度かあったが、その度にアーチャの機嫌はそこなわれてきた。だが、そのことを話のネタとして持ち掛けるのは常にアーチャで定着していたのもまた事実だ。
「でも、仲間だったらこんな近くにいるじゃないか」
「そういうのとは、またちょっと違うんじゃないかな? ……お代わりする?」
アーチャは仏頂面のままシャヌに皿を手渡した。皿いっぱいにカボチャスープが注がれて戻ってくると、アーチャは少しだけ気分を良くして、右斜め向かいで機械的な動きを繰り返しながらシチューを飲み続けるじいさんに向かって、イタズラっぽく笑ってみせた。
「おじいさん、おいしい?」
じいさんは大きく見開かれたままの目を瞬かせた。
「わしは昔から野菜が大好きじゃった」
「それは前に聞いたよ。ちなみに、俺も野菜は大好きさ」
柔らかくなったカボチャをスプーンの背で潰した後、じいさんはもう一度アーチャを見た。
「病気にならないための秘訣は、レタスの葉を布団に、大根を枕にして眠ることじゃ」
それを聞いてアーチャはすこぶる驚き、次には、息が続かなくなるほどの笑いの波が押し寄せてきた。
「おっかしいなあ」
笑いをこらえながらアーチャが言った。
「その秘訣は誰にも教えていないはずなんだけど、何で知ってるの?」
その時、誰かの階段を下りてくる足音が聞こえてきた。間もなくして、アーチャたちのいるキッチンにファージニアスがさっそうと姿を現した。夢見るような笑顔だ。