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十章  酒場の乙女  2

 オレンジの斜光が地平線の彼方から伸び、西の空が淡い紫色に染まる頃、アーチャたちはようやく目的地である『シシーラ』に到着した。街のすぐ手前は廃墟となった工場ばかりが建ち並ぶ長い直線道路で、ひと気もまるでなかったのだが、やはりマニカの言うとおり、このシシーラという街は徐々に再建されつつある街のようだった。

 大きな通りでは人々が行き交い、数台の自動車がその脇を過ぎ去って行く。建物は改築されたものが多く、外壁も真新しい石造りのものが多数を占めていたが、窓がすべて割られたビルが点在していたり、廃材置き場に使われたりしている土地も少なくはなかった。街灯はあるが、そのどれにも明かりは灯っていない。

 街の外れに流れる小川のすぐ脇を、自動車『カメレオン』はアーチャたちを乗せて低速で走り続けていた。突然の砂利道に揺られ、夕空によく映える廃墟をぼんやり眺めていると、アーチャはふとスラムのことを思い出した。明日やって来るという捜索隊が、町の住民に危害を加えなければいいのだが……。


「アーチャ!」


 ファージニアスとアンジが同時にアーチャを呼んだ。アーチャは驚いて顔を上げた。


「え、何?」


 アーチャは空っぽな声で聞いた。


「『何?』じゃねえよ。どこに身を隠すのかって、さっきから聞いてるだろ」


 アンジがイライラと息巻いた。

 それからは、車から降りての探索となった。長期滞在にふさわしい廃墟を見つけ出そうと、アーチャとアンジは張り切って車を飛び出したが(近辺を見張らなければいけないからと、ファージニアスはかたくなに車から離れようとしなかった)、夜の闇が迫りつつあるシシーラの街では、それが無謀な行いだとすぐに分かった。周囲には一点の明かりさえなく、闇と静寂に包まれた廃墟の中に足を踏み入れるのはそれなりに危険が伴った。埃や瓦礫で覆われる床上は足取りもおぼつかなく、壁の至る所から突き出した錆びまみれの鉄骨が、闇の中で不気味なシルエットを浮かび上がらせている。


「ここもダメだな。見ろよ、床が抜け落ちてる」


 穴を飛び越え、出口へと向かいながら、アーチャは途方に暮れるような声色でアンジに話しかけた。だが、アンジはその場から動こうとしなかった。


「いや、ここは今までで一番いい。地下に倉庫もあるし、窓が多くて外の状況を伺いやすい」


 いきなり何を言い出すのだろうかと、すっかり闇の中に溶け込んでしまったアンジの後ろ姿を、アーチャはまじまじと見た。そして、ふと思い出した。


「そういえば、イクシム族って生き物は廃墟を好んで生活してるんだっけ?」


 アンジの小さな二つの瞳が、暗闇からヌッと現れてアーチャを睨んだ。


「他の種族を避けて生きてるだけだ。まあ少なくとも、あのアジトよりは快適だと思うけどな」


 アーチャとアンジは、次の廃墟を最後にしようということで同意した。外はもうとっくに夜のとばりに包み込まれていたのだ。


「この屋敷がネズミでも寄り付かないようなオンボロだったら、それは違った意味で幸運だぞ」


 開きかけの扉から体を半分中に滑り込ませながら、アーチャはアンジに話しかけた。


「もしここで寝ることになっても、耳をかじられずに済むからね」


 しかし、屋敷の中は暗がりでも分かるほど綺麗なものだった。これまでに数件の廃墟を見て回って来たので、二人はすぐにそう気付くことができたのだ。しかも、二人が踏み込んだその部屋からは、何やら人の気配を感る……。


「今、何か聞こえなかった?」


 アーチャの声は自然と小さくなっていた。誰かの囁く声が、部屋の片隅から聞こえた気がした。


「誰かいるのか?」


 アンジが闇雲に声を張り上げた。次に聞こえたのは、硬い何かがこすれ合うようなギシギシという音だった。膝が震え始めたことに気付かぬまま、アーチャは暗闇に向かって目を凝らし、神経を研ぎ澄ませていた。だが、その必要はすぐになくなった。


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