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十章  酒場の乙女  1

 カーラジオから聞こえてくる歌声は、ウェノア・エルマータのものだった。アーチャは“流行の音楽”なんてものに全く無関心だったが、彼女のことはよく知っていた。というのも、ヴァークスが車を運転する時に、いつもラジオから流れていたのがウェノアの歌だった。


「この歌声を耳にしてウェノアの虜にならない者など、この世にいるはずがありません!」


 ひと気のない綺麗な砂浜を右手に車を走らせながら、ファージニアスが爽快に言い放った。アーチャは素っ気ない声で返事をし、ルームミラーに映るシャヌをチラと見た。陽光を受けてキラキラと光り輝く砂浜に見惚れるシャヌの横顔は、どこか楽しげで、どこか悲しげだった。

 シャヌのいたいけな視線とアーチャの複雑な思いが、ミラーの中で混ざり合った。


「アーチャ、顔色悪いよ?」


 そう気遣ってくれるシャヌには、なぜアーチャの顔色が優れないのか、少しだけ分かっていたようだった。


「昨夜のことで、どうしても聞きたいことがあるんだ」


 今度は直接シャヌの瞳を見つめながら、アーチャは言った。シャヌの表情は強張ったが、アーチャはそれでもためらわなかった。


「小人の三人に魔力を与えたのはシャヌなのかい? あいつら、俺たちを追いまわした挙句、骨だけ残して死んじまった。シャヌも見ただろう? そのことについて知りたいんだ」


 今のシャヌには少し酷だということを承知した上での質問だった……だが、それはアーチャの杞憂だった。


「彼女たちに魔力を宿す源になったのは、間違いなくこの翼よ」


 わずかな迷いもかいま見せないシャヌの姿に、アーチャたちは驚きを隠せなかった。大海原をバックに、車はいつの間にか山道を走り始めていた。


「翼の羽を手に持つだけでその身に魔力が宿るということを、あの三人は知っていた。だけど、まさか死んでしまうなんて……想像もしてなかった」


「強力な魔の力に耐えられなかったんだろうな、きっと」


 アンジが推測を述べた。そのかたわらで、アーチャは低くうなっていた。


「でも分からないなあ。どうして小人たちは魔力を手に入れたかったんだろう?」


「そりゃ、便利だからだろ」


 急なS字カーブで体を左右に揺らしながら、アンジは当然のことを指摘した。


「けど、あいつらはずっと前から魔の力を忌み嫌ってた……理由は分からないけど」


 岸壁に体当たりする荒波がうねりを上げて音を響かせた。シャヌはまた海の方へ視線を戻した。


「私、海を見るのは初めてなの。……何だか、とっても不思議ね」


「不思議? 海がですか?」


 鮮やかなハンドルさばきを披露しながら、ファージニアスがさも愉快そうに聞いた。


「海、空、山、森、大地……みんな同じ世界で、共に助け合って生きているのに、どうしてそこに住む私たちは戦争ばかりを繰り返すんだろう……なぜ平和を望もうとしないんだろうって、ずっと不思議に思ってた」


 おりしも、ラジオの中のウェノア・エルマータが次の歌を歌うところだった。調子外れなノイズと重なるようにして、和やかな前奏が流れ始める。


「平和を愛するウェノアが自ら作詞作曲したのがこの歌です。しかし、争いの絶えない国々に向かって呼びかけるこの歌は、戦争国家への反逆を象徴し、示唆させるものとして、当時、世間からは多くの非難を浴びました」


「当時って?」


 アーチャはとっさに聞いてみた。だが、ファージニアスはアーチャと目を合わすことさえせず、鼻歌で白々しくごまかした。


「いい歌ね」


 シャヌがアーチャの気を逸らしてくれたことは、ファージニアスを助ける結果となった。


「シャヌは歌に興味ある?」


 アーチャは座席から身を乗り出して揚々と聞いてみたが、シャヌは聞いていなかった。目を閉じ、安らぐような微笑みで心から歌に聞き惚れている。


「私にも歌えるかな」


 シャヌがポツリと呟いたのを、アーチャは聞き逃さなかった。


「歌えるさ! シャヌの声、すっごく綺麗だもん。練習すれば絶対うまくなるよ!」


「身も心も救われるような歌じゃ」


 その傍らでじいさんが言うと、アンジがすぐ脇でおおげさに驚いてみせた。


「ほぉ! じいさんにもこの歌の良さが分かるのか。俺にはどれも同じに聞こえるがな」


 ファージニアスが高らかに、それでいて優雅に笑った。


「ヘイ、アンジ! 君にはユーモアが足りませんね」


 “ユーモア”の意味を理解しようとするアンジを無視して、ファージニアスは話し続けた。


「内なる自分を大きく開放し、広い心で物事を受け止めるのです。音楽もその一つとして捉えれば、おのずと答えは見えてくるでしょう!」


 アンジは不機嫌そうに鼻を鳴らして、ファージニアスをジロっと睨んだ。


「イクシム族は本を読んでも泣かないし、音楽に心を奪われることもない。なぜなら、ヒト族が作り出した代物に対し、俺たちはそれらを拒み続けてきたからだ。イクシム族は、あんたたちとは違うんだぜ?」


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