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九章  記憶の中の英雄  6

 レッドワインが町を去って行ったのは、それから間もなくのことだった。次のお宝を探しに、まだ足を踏み入れたことのない未知の国へと旅に出るらしい。


「よし! 出発の準備に取り掛かるぞ!」


 アーチャが意気込むと、カエマがそれに習った。


「あたし、お母さんにどこかうってつけの隠れ場所がないか、聞いてみるね!」


 アーチャたちは、長期滞在に必要な物をアジトの片っ端からごっそりかき集め、車のトランクの中に放り込むという作業を繰り返した。その途中、昼間に起こった出来事をシャヌに一から教えたのはアーチャだった。

 ゼルがここへ来たこと。新米の不思議な兵士が『シャヌが戻って来る』と予言し、見事に的中したこと。明日、捜索隊がここを訪れること。それまでにどこか遠い所へ非難しなければならないこと。

 事細かに伝え終わると、ちょうど出発の準備が整ったところだった。


「忘れ物はないよな?」


 助手席に乗り込みながらアーチャがみんなに聞いた。


「俺の隣にじいさんがいるってことは、他に何も忘れようがないだろ?」


 アンジがそれに答えた。それならよしと、アーチャは親指を立てた。


「ここを出る前に、まずは広場だ。カエマの母さんがどこかいい場所を知ってるかもしれない」


 車が再び広場を訪れると、母親を連れたカエマとトナがすぐに駆け寄って来た。


「久しぶりね、アーチャ。事情はカエマから聞いたわ」


 アーチャに挨拶したのはカエマの母親で、都の酒場で働く綺麗な女性だった。だが今日は、仕事の疲れも溜まってか、その顔は少し疲れているように見えた。

 アーチャが詳しい話を聞こうと身を乗り出した時、横からプリーツのあしらわれた黒いタキシードの袖がヌッと現れて、アーチャの視界を完全に遮った。最初、アーチャは何が起こったのか理解できなかったが、次の瞬間、その謎はすべて解けた。


「初めまして、マダム。私の名はファージニアス。是非、あなたの名前をお伺いしたい」


 母親は呆然としていたが、それはほんのわずかな間だった。


「私はマニカ。初めまして、ファージニアスさん」


「マニカさん、クペルマ硬貨型チョコレートなどいかがでしょう? あなたのお口に合うこと、請け合いですよ」


「まあ、ありがとう! 後で子供たちと一緒にいただくわね!」


 手慣れた感じでチョコレートを受け取り、女神のような微笑みを覗かせるマニカの姿に、アーチャは改めて感心させられた。


「人目のつかなそうなどこかいい場所、あります?」


 食事に誘おうとするファージニアスを徹底的に無視しながら、アーチャは急き込んで聞いた。


「あるわよ」


 マニカはウインクして、左手に持っていた古汚い地図を広げた。


「ここから遥か南、国境付近にあるシシーラという街を知ってる? ここは二十年ほど前に滅びた街なんだけど、近年から少しずつ人口が増えてきて、再建されつつある街なの。利点は、まだ廃墟が多く残されてるってことね。人目につきにくいし、もし軍隊が押し寄せても、身を隠す所があるから安心よ……絶対とは言えないけどね。それと……」


 マニカがジャケットの胸ポケットから取り出したのは色あせた写真だった。一人の女性が、誘惑するような甘い笑顔でアーチャを見つめている。


「数ヶ月前まで同じ職場にいた後輩なの。今はシシーラの酒場で働いてて、結構うまくやってるみたい。明るくて、しっかり者だから、何か困ったことがあったら彼女を訪ねてみて。裏に住所と名前が書いてあるわ」


「色々とありがとう……きっとまた戻って来るよ」


「きっとじゃなくて、絶対って言ってよ!」


 母親の後ろに隠れたまま、トナの涙声がそう言った。泣き顔を見られたくないらしい。


「なあ、トナ。俺たち、戦場へ行くんじゃないんだぜ? 絶対にまた会えるさ」


「あっちに着いたら、すぐに手紙を送ってね。あたしも、捜索隊って奴らの行動を監視して、近況を書いて送るから。郵便の配達がやってればいいんだけど……。にい、シャヌのこと、絶対に守ってよ!」


 トナとは反対に、カエマは飛びっきりの笑顔だった。


「もし何かあっても、俺はもうくじけたりしない。シャヌを助けるために全力を尽くすって、英雄に誓ったんだ……本物の英雄にね」


「あら……それ……」


 マニカの目はアーチャの胸元に釘付けになっていた。その視線の先には確かに、ジャーニスから受け取った銅製のくたびれた懐中時計があった。


「時計がどうかした?」


「ううん、何でもない。それじゃ、みんな、気を付けてね」


 やがて、車はどこかノロノロと走り出し(きっと運転手であるファージニアスが別れ惜しみしているのだろうと、アーチャはそう悟った)、グレア・レヴを後にした。町を背に丘を登り、トワゴとは反対の道を進み、その先に広がる広大な大地を視野に入れて、車は走り続けた。

 遥か南、シシーラという街を目指して……。


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