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八章  閉幕  7

「お……お前たち! 一体さっきから何をやってるんだ?」


 動揺を隠しきれないマットンは、腹の底から精一杯しぼり出したような声で口を挟んだ。そんなマットンの足元に、小人の一人が静かに歩み寄った。


「あたしたち、ルースター・コールズの一味だよ。大会にエントリーしてただろう? 名簿を確認しておくれ。これから、あたしたちが仲間から盗み取った、世界で最高の珍品をここでお披露目しなくちゃいけないからね」


 アーチャはもう我慢の限界だった。この怒りを言葉に変えてぶちまけてやりたかったが、唇は閉じ切ったまま言う事を聞いてくれない。自分の身に何が起こっているのか、アーチャにはさっぱり分からなかった。


「さあ、ここに集いし同志よ」


 マットンの立場を強引に横取りして、小人たちが声を張り上げた。


「これより、最高のショーをご覧に入れよう! 百年の時を超え、今まさに、滅びの一族が復活の瞬間を成し遂げようとしているのだ!」


 アーチャとアンジは同時に走り出していた。何としてでも、小人たちのそばからシャヌを引き離さなければ。だが……アーチャは見た。何かに憑依されたような、おぞましい小人たちの顔を……こちらに向けられる、殺気に満ち満ちた小人たちの両手を……。


「ダメ! 逃げて!」


 シャヌの悲鳴と重なって、強烈な突風がステージ上を貫いた。アーチャとアンジは何が起こったのかも分からないまま、観衆の集まるステージ前まで吹き飛ばされてしまった。観衆がその二人をかわすように左右へパッと割れたので、二人は痛々しくも地面に叩きつけられてしまった。


「薄情な奴らだ!」


 アーチャとアンジが口を揃えて観衆を非難した。激しい痛みと混乱で、アーチャは口が利けるようになっていることさえ気付かないほどだった。二人が手を取り合って立ち上がろうとしたその直後、頭上から落ちてきた何か柔らかいもので視界が遮られ、アーチャとアンジはまた地面に伏せ込む結果となった。

 目の前が真っ暗闇に包まれたその時、トワゴの街全体が眠りに落ちたように、しんと静まり返った。アーチャの中を駆け抜ける不吉な予感が、闇の中を伝ってそのままアンジにも伝染したようだった。二人は大急ぎで光を遮る何かを取り払った。案の定、それはシャヌが肩にまとっていたあの白いシーツだった。

 天井の破損部分から射し込む星明かりが壇上のシャヌを包み込み、大きく左右に広げられた翼に照り返ってまばゆい光彩を放っている……。

 レッドワイン盗賊団、マットン、審査員、観衆……シャヌの美麗な容姿を間近で見たすべての者はまたたく間に魅了され、言葉さえも失った。マットンの場合、その冗舌な口元にはまだ“司会者の魂”が残っているらしく、何かを口に出したくてたまらない様子で、口をパクパクさせている。


「こ……こ……こいつは驚いた」


 深い静寂の中、その小さな瞳を翼に捕われたまま、マットンがやっとの思いでどもりながらの感想を述べた。審査員のじいさんたちは我先にとシャヌに群がり、『生涯において最高に幸せな瞬間』とでもいうような表情で翼に魅入られている。

だが、シャヌに注がれる視線の数々は、やがて、賛美なものから冷酷なものに変わっていった。


「あれ、本物なのか?」


「そんなわけない。マイラ族はとっくに滅びたんだ」


「じゃあ、あれは?」


「偽物には見えないぜ、あれ」


 あたりがざわめき始めた時、シャヌに異変が起こった。全身をワナワナと震わせ、ひどく怯えているようだった。口に両手をあてがうその姿は、昨日、その身に起きた症状と全く同じだ。

 アーチャはシーツをわしづかみ、無我夢中でステージ上に舞い戻った。これ以上、シャヌが傷ついていくのを黙って見ていたくなかった。

 アーチャが小人たちの手からシャヌを引き離した。かわいそうなシャヌ……多くの人々による無情な扱いによって、すでに心は傷だらけだ。アーチャはシャヌの肩にそっとシーツをまとわせてやり、見世物となった翼と共に、深く傷ついた心をも優しく包み込んであげた。そして、観衆をぐるりと睨みつけ、次に小人たちを睨みつけてやった……が、どこか様子がおかしい。


「マットン……マットン……」


 あえぎながら、マットンの足にしがみ付く三人の小人の姿がそこにあった。どれもみな血の気の失せた青黒い顔をしており、黒目は上を向き、口からはあごを伝って唾液が垂れ下がっている。マットンは小人たちを振り払おうと必死に抵抗し、顔を恐怖で引きつらせた。


「マットン……優勝を……ルースター・コールズに……優勝を……」


 アーチャは、観衆の気がシャヌから小人たちに移ったこの一瞬のタイミングを逃さなかった。シャヌを抱えてステージから飛び降り、アンジに目で合図を送ると、出口の通路目がけて脱兎のごとく逃げ出したのだ。


「アーチャ! 止まれ! 娘を返せ!」


 二人が小人たちに対して完全に背を向けたその時、身も心も凍りつくようなおどろおどろしい叫び声が後を追いかけて来た。二人は振り返ることもせずに走り続けようと試みたが、そうは問屋が卸さない。

 アーチャの耳元を、熱を帯びた何かが音を立てて追い越したかと思うと、目の前の民家に衝突して外壁の一部を粉々に打ち砕き、続いて目もくらむような光を放って大爆発を引き起こした。これには、アーチャも思わず振り返った。小人たちの頭上で赤々と燃え上がるそれは、まさに小さな太陽だった。


「アンジ! 伏せろ!」


 二人は街の出入り口に通じる狭い通路に向かって頭からダイブし、二つ目の燃え上がる球体をギリギリのところでかわした。炎の球体は通路の壁をえぐりながら上昇し、天井にぶち当たると、やはり先ほどと同じく爆発した。


「あいつら、魔法を使えたのか?」


 爆風で巻き上がった砂と埃でむせ込みながら、アンジは悲鳴に近い口調でそう尋ねた。


「まさか! あいつらには魔力のかけらだってなかったさ……」


 これ以上の長話は命取りになりそうだと、アーチャは考えを改めた。後ろを振り返ると、ダチョウのような軽やかな足取りと、チーターのような猛スピードでこちらに向かってくる、小人たちの不可思議な姿があったのだ。


「シャヌをこっちへ! 今のお前じゃ遅すぎる!」


 アンジはアーチャからシャヌを強引に奪い取ると、そのまま出口へむかって突っ走った。天井から崩れ落ちて飛散した瓦礫に足を取られながらも、アーチャは何とか体勢を立て直し、アンジの背中を死ぬ気で追いかけた。


「アーチャ……アーチャ……」


 背後から呼びかける小人たちの弱りきった声は、死の世界へと誘うかのような不気味さをじわじわとかもし出していた。しかも、その声は段々と近づいて来る……右肩をつかまれた……熱い……肩が燃えているかのようだ。


「アーチャ……アーチャ……ア……」


 やがて、小人たちの声はぼんやりとかすれていった。ふと気付くと、アーチャはトワゴの外に広がる茂みでうつぶせに倒れ込んでいた。右肩には、小人の物と思しき白骨化した死体ががっちりとしがみついている。

 その時、ゴツゴツした大きな手が、アーチャの腕をつかみ取って助け起こしてくれた。


「アンジ……どうやら、助かったみたいだな」


 骨と化した小人の無残な成れの果てを払い除けながら、アーチャはぜえぜえ言った。


「あいつらの最期を見たぜ。通路から外へ出た瞬間、みんな粉になっちまった。残ったのは骨だけだ」


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