八章 閉幕 6
それから二時間ほど、今度は三人一組みになって小人たちを探したが、やはり結果は先ほどと変わらなかった。空が闇に包まれ、星が点々と輝き始めた八時頃、街の北に設置されたステージの上に、ある一人の男が姿を現した。その瞬間、割れんばかりの拍手と荒々しい歓喜の声で、トワゴの街は隙間なく埋め尽くされた。
「大会司会者のマットンだ!」
アーチャが興奮して叫んだ。
マットンは、遠くからでもよく目立つほどの派手なネクタイを締め、ちょっと大きめな黒の燕尾服で正装していた。その恰幅のよい体型からしぼり出される太い大声は、このけたたましい何百という歓声にも一人で立ち向かえるほど凄まじいものだった。
「俺様を見ろ! 下衆ども!」
出し抜けにマットンが叫び、そのえげつない言葉に反応してブーイングが起こった。
「もっと近くへ行こう。あいつらが来てるかもしれない」
アーチャが促すかたわら、マットンは容赦なく叫び続けた。
「今年のトラッシュ・ラッシュ・トワゴもいよいよ閉幕だ! 見苦しい殴り合いも、聞き苦しい言い争いも、全部ここまで! エネルギー切れの奴がいるなら、さっさと電池交換することをオススメするぜ! 何せこいつら全員、筋金入りの短気なヤローどもだ! そう長くは待っちゃくれねえぜ!」
天井を突き抜けるような歓声が沸き起こり、ステージの周りに群がる観衆たちは狂ったように叫び散らした。アーチャたちはその真っ只中に滑り込み、わずかに空いた隙間を縫って(アンジの怪力も手伝って)最前列にまで押し進んだ。
そして、一組目の『フェイフェン教徒』盗賊団が壇上に立った時には、会場の盛り上がりは最高潮に達していた。その後も、『デニス・デニス・デニス』海賊団、『天空の騎士』空賊団、『流浪バラ』海賊団、『タイタンガム』盗賊団、『フェルナム・ペンネボ』盗賊団と続き、それぞれがこの数ヶ月で手に入れた自慢の盗品を提出し合い、それを審査員であるヨボヨボの老いぼれじいさん数名が鑑定した。
「あのじいさんたちは?」
禿げた頭を寄せ合い、熱心に話し込むじいさんたちの後ろ姿を面白おかしく眺めながら、アンジは聞いた。
「数年前に引退した、世界中でその名が通る元盗人さ」
アーチャはやや興奮気味に答えた。
「ここに集まった奴らは、みんな彼らを崇拝してる。左からナフティ、レイオ、アルハーム、メメヒト、チャール、コーヘンエイギス。この世界を夢見る若者たちの多くが彼らの背中を見て育ってきたようなもんだ。……まあ俺の場合は、ヴァークスに『名前だけでも覚えとけ』って促されただけで、あの人たちが何をやったかなんてさっぱり分からないんだけどな」
最後に登場したのは、やはり、今年一番の注目の的であり、それに見合った確かな腕を持つレッドワイン盗賊団だった。
「さあ、さあ、さあ! 待たせて悪かったな、下衆ども! 本当はお前ら全員、この三人の美女を待ってたんだろう!」
マットンが『下衆』と呼ぶ人々と一緒になって騒ぎ立てるファージニアスを冷ややかな目で見つめながら、アーチャは聞こえよがしに大きく舌を打った。だが、そんなアーチャの小さな抵抗は、狂喜の絶叫に呑まれて消失してしまった。
「前回優勝チームであるレッドワイン! 王者の名誉とプライドを汚さず、そして、ひっきりなしに襲い来るプレッシャーをフェアな精神で受け止めてくれた彼女たちは、今回も俺たちの期待を裏切らなかったぜ!」
熱のこもった歓声を全身に浴びながら、マットンは更に続けた。
「さあ! ぐずぐずしてると、この爆発寸前の熱気が冷め切っちまう! では早速参りましょうぜ! レッドワインがここトワゴに持ち帰った、世界に名高き盗品は……」
「ちょいとお待ち!」
この瞬間、アーチャの背筋が凍りついた。
聞き覚えのあるあの金切り声が、どこからともなく聞こえてきたのだ。声の主は誰なのかと、観衆たちは互いの顔を覗き込み、そのせいで歓声がどよめきに変わった。マットンは司会進行を妨げられたことに屈辱を覚え、怒り狂って拳を振り上げている。
「どこだ! 出て来い!」
マットンと一緒になってアーチャが叫んだ。すると突然、薄暗いステージ奥から青い筋のような光が放たれ、一瞬だけパッと輝いた。次の瞬間、ステージ奥に立つ四人分のシルエットがあった。四人のうち三人はピゲ族で、もう一人は……。
「シャヌ!」
海底で見た、あの悲しげな表情がアーチャを見つめていた。幸運なことに、シーツをまとっているおかげでまだ翼はあらわにされていなかった。アーチャがステージ上によじ登ると、それに習ってアンジとファージニアスも後に続いた。
「喜びな、アーチャ!」
小人が嬉々として叫び、シャヌの翼を覆い隠すシーツに手をかけた。アーチャは怒りに拳を震わせながら、何とか殴り飛ばしてやりたい感情を抑えつけた。
「あたしたちルースター・コールズが優勝する華々しい勇姿を、その目に焼き付けることができるんだからね!」
小人たちは不謹慎な口ぶりでそう言い、ゲラゲラと下品に大笑いした。
「一体、どこにどうやって隠れてやがったんだ?」
アンジが錯乱気味に聞いた。
「この子の魔法を使わせてもらったのさ。姿を消し去る魔法をね」
「どうりで、あれだけ探しても見つからないわけだ」
アーチャは感心したようにそう呟いてから、狐につままれたような表情でこちらを見つめる群集を尻目に、ファージニアスに耳打ちした。「車を頼む」と。
ファージニアスは笑顔でうなずき、ステージ横からポンと飛び降りると、人ごみに紛れて姿を消した。
「シャヌから離れろ。これは最終警告だ」
アーチャは本気だった。
「警告?」
シーツをつかんでいる方の小人が聞き捨てならないとばかりに返した。
「あたしたちはもう誰の指図も受けない……この計画を思いついた時、そう決めたのさ。それに、今までこき使われてきた分、ここらで恩の一つや二つ、返してもらおうじゃないか」
「好き勝手言いやがって。それ以上俺に歯向かおうってんなら……」
アーチャの口元に何らかの見えない力が加わった。いやおうなしにギュッとふさがれたまま、ピクリとも動かなくなったのだ。まるで、上下の唇の間をチャックで閉じてしまったかのようだ。