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八章  閉幕  2

 その二分後。アーチャ、アンジ、ファージニアスの三人は、ルースター・コールズが移動時に使用する自動車『カメレオン』に乗り込んでいた。状況を呑み込み切れないアンジとファージニアスをせっついて車へ乗せるのには一苦労したが、カエマとトナにぴしゃりと留守番を言いつけるのはたやすいことだった。


「前にあれほど教えただろう? トワゴは危険な街だって。じいさんのお守でもして、暇でも潰しててくれ。……そんな顔をしてもダメ」


 だが、膨れっ面と泣きっ面の二人を置き去りにするのはやはり気が引けた。「これもあいつらのためなんだ」と自分に言い聞かせることが、今のアーチャにできる精一杯の憐れみだった。

 やがて、一向を乗せた『カメレオン』は動き出し、アジトを後にした。


「このアッシンベラ旧型モデルは、世界でもあまり生産されていない自動車なんですね。時代が時代なだけに、当時作られた代物はどれも欠陥が多くて! 最初は燃費が極端に悪いとか、ラジオの電波受信率が悪いとか、そんな苦情でしたよ。ですがそのうち、排気筒が謎の根詰まりを起こしたとか、ブレーキ音が幼女の金切り声そっくりに鳴るとか……何かと不吉なことが相継ぎまして、ええ。そして、その渦中に生産されたのがこのアッシンベラ旧型モデルなんですね!」


 運転を申し出たファージニアスは誰に言うでもなく、まるで自動車を売り込む販売員のようにペラペラとまくしたてた。


「それで? 一体何があったっていうんだ?」


 ファージニアスの小演説なんかどうでもいいと言わんばかりに、アンジは後部座席からしかめっ面を覗かせ、助手席に座っているアーチャを問い詰めた。朝食を食べ損ねたこともあいまって、アンジの機嫌は怒れる闘牛のように荒々しかった。


「昨夜、小人たち三人がシャヌをさらった。俺の推測だけど、昨日話したトラッシュ・ラッシュ・トワゴの会場に向かってるんじゃないかと思う。トワゴはここからそう遠くないし、日の出頃にはもう着いてるはずだ……何事もなければね。ファージニアス、もっと急いでくれないか?」


 アーチャが急き立てるのも無理はなかった。馬車並みの速度で移動し続ける自動車と、変わり気のない近くの風景を見比べていれば、誰でも先行きが不安になるというものだ。


「どうしてチビたちはこの自動車を使わなかったんだ?」


「どうしてって、運転できないからだろう? つまり、その……足が短くて」


 アーチャは当たり前のことを言った。


「それに、あいつらが移動する時に使うのはもっぱらダリアン兄弟さ……裏で飼ってる馬のことだけどね。前に教えなかったっけ?」


 アンジは何か考えながら首を横に振った。


「それじゃあ、あのチビたちは、シャヌを“盗み出した珍品”として……」


「そんな言い方やめろよ」


 アーチャは厳しく咎めるような視線と口調でアンジの言葉を遮った。


「おっと、すまねえ。……つまり、あの三人は一人の人間を物のように扱おうとしてるわけか」


 アンジは素直に訂正した。


「ですが、その衝動にかられるのも無理はないでしょう」


 アクセルを強く踏み込みながら、ファージニアスは穏やかに言った。


「美麗で可憐な花を見つければ、誰でも摘み取ってしまいたくなるものですよ」


「へえ、そうかい」


 アーチャは吐き捨てるような返事をした。


「けど、それとこれとは話が別だ。今回の一件で、俺はあいつらを完全に見損なったぜ。あの三人の我がままっぷりには毎度目をつぶってきたけど、今度という今度は絶対に許さない」


 憎々しげに言いながら、アーチャは段々と腹が立っていくのが分かった。

 やがて、殺風景な荒地に色とりどりのペンキを流し込んだように、周囲の様相が一変した。小川が流れ、芝草が風に揺れ、彩り鮮やかな花が咲き乱れている。遥か遠くには濃淡のある山々が標高を競い合うように連なり、頂にニットキャップよろしく覆いかぶさるその万年雪は、今が夏季であることを思わせない涼しげな風情を感じさせてくれる。

 しかし、この平穏な風景とは裏腹に、アーチャの不安と焦りはピークに達しようとしていた。道順を指示する口調は罵声に近く、場所を指し示す指先は刃の切っ先のように鋭く動いた。


「もう少し落ち着いたらどうなんだ?」


 突然の砂利道に車体ごと声を震わせながら、アンジは言った。


「今取り乱したって、シャヌが助かるわけじゃないだろ。冷静さを欠くと、墓穴を掘ることになるんだぞ」


 アンジが何を言いたいのか、アーチャにははっきりと分かっていた。海底から脱走してきたアーチャたちが人目の多い所へ出向いて行くということは、つまり、それなりのリスクを伴う結果となるのだ。


「そんなことはどうでもいいんだ」


 アーチャの口調は柔らかだった。


「あの翼が人目に触れて、その情報がジェッキンゲンに行き届いたら、また振り出しに戻されちまう。シャヌは今、自分が何者なのかを、自分という存在が何なのかを、必死で見出そうとしてるんだ。それなのに、名声や名誉のためだけに、シャヌの思いを踏みにじることができるはずないだろう?」


 また段々と熱くなりながら、アーチャは続けた。


「シャヌだけじゃない。俺たちだって、この世界にいるべき理由がきっとあるはずなんだ。そうでなきゃ、生きている意味がなくなっちまう。……俺がどうなろうと、シャヌだけは守るんだ……シャヌを守ることは、俺が今を生きる証につながるんだ」


 アーチャは自分が言ったことで気恥ずかしくなり、飛び交う二羽のオオワシで気を紛らわそうと空を見上げた。背後から、アンジのいつもの嫌味な笑顔がこちらを覗きこんでいるのがうっすらと分かった。


「がんばれよ、アーチャ」


 アンジはそれだけを言って、その後は何事もなかったような態度で振舞った。


「俺、自動車に乗るのは生まれて初めてなんだ」


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