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七章  グレア・レヴ  6

 扉の先はいきなり部屋だった。しかも、扉が完全に開ききらないほど狭い。その原因は、部屋中に溢れ返る“拾い物”のせいだ。天井高くまで積まれた本の山が三人を迎え出たかと思うと、すぐ足下には彩り鮮やかな毛糸編みの帽子が投げ捨てられおり、その先には足の長さがまちまちな食卓テーブルが置かれている。視界を遮るようにして天井からぶら下がっていたのは、古風な街並みが刺繍されたボロボロの絨毯で、その下には首から上のない悪趣味な人形が山のように折り重なっている。

 剣と盾を勇ましく構える古びた甲冑が、部屋の隅で分厚いほこりをかぶったまま孤独に立ち続け、時折り闇をえぐってこちらを見つめてくる。


「なかなかのもんだろ……頭に気を付けて!」


 アーチャは叫びながら、アンジの頭上でユラユラとぶら下がる傘付きの電球を指差した。


「足の踏み場もありゃしねえ!」


 靴で踏まれた跡がくっきりと残る黒猫の油絵をそろそろとまたぎながら、アンジが呆れ顔で怒鳴った。アーチャやシャヌはともかく、アンジは少なくともヒト族の二倍は横幅が広い。そのせいで、大木のような太い腕に、投げ出された釣り糸の端っこがからまっても無理はなかった。


「人様のアジトで文句ばっか言ってると、飯抜きにすっからね!」


 小人のキーキー声が部屋の奥の方から聞こえてきた。白い湯気が立ち昇っている。


「そこが台所。小人たちしか入れないから、注意して。そっちは便所で、こっちが洗面所、あっちは居間」


 アーチャは部屋のあちこちをあごで指しながら、早口で説明した。教えられる側のアンジやシャヌにとっては、入口が埋もれて見えなくなった便所も洗面所も、大差ないように思えた。


「二階へ行こうか……料理に失敗すると、あの三人、ひどい癇癪を起こすんだ」


 小声でそう囁いてから、アーチャは床に点在するわずかな足の踏み場を迅速に見つけ出し、階段まで軽快に歩を進めた。


「アーチャ、あんたには大事な話があるよ」


 小人の一人が突然アーチャを呼び止めた。アーチャは二人に目配せし、先に行っててくれと手で合図した。


「六段目に気を付けて。底が抜けてるから」


 そして、アンジとシャヌの階段を上っていく足音が聞こえ始めた時、キャベツの葉をどろっとした茶色の液体に漬けていた小人が、静かに切り出した。


「今までどこをほっつき歩いてたんだい?」


 迷惑極まりない、といった口ぶりだ。


「ドレイとして働かされてたんだ。ガムダンの国でレイオット・ペムズの屋敷の偵察をしていた時、急に意識を失って、気付いたら海底洞窟にいた。記憶が途切れる直前までは宿でヴァークスと一緒だった……なあ、ヴァークスはどうしたんだ? さっきから見かけないけど」


「ヴァークスは死んだよ」


 椅子の上で爪先立ちになり、湯気の立ち昇る大鍋の中身をかき混ぜていた小人が、沈みきった声で言った。


「何だって?」


 アーチャは聞こえなかったフリをした。


「今、何て?」


「死んだのさ。アーチャが行方不明になったその日に」


 今度は、足下の食器棚から人数分の皿を取り出していた小人が答えた。アーチャは枯れ果てた観葉植物が植えられている鉢に足を取られ、よろめいた。


「死んだって……どういうことだ? 俺がいなくなった日って……?」


 アーチャの声は芯まで震えていた。


「ありゃ他殺だわね。むごい殺され方だった……」


 小人たちはかぶっていた帽子を手に持ち、一斉に鼻をかんだ。


「ひどいもんだった」


「犯人は捕まったのか?」


 アーチャは少しでも大きな声を出して、平静さを失わないようにした。


「まだだよ。あたしたちが現場の宿屋に着いた時には、もうヴァークスの亡骸しかなかった……もぬけの殻さね」


 ふと気付くと、キャベツの葉を漬けていた小人は、今度は手際良くピーラーを使いこなし、自分の手よりも大きなじゃがいもの皮をシャッシャッと剥いていた。三個目のじゃがいもを手に取った時、小人は顔を上げてアーチャを見た。


「まったく、ガムダンの警察ってのは、どうしてああも頼りないんだろうね。警棒の一つだってまともに扱えりゃしない。……犯人の動機は未だ不明。ヴァークスの所持していた金品が盗られた形跡もない。凶器は……不思議なことにね、凶器も分からずじまいさ」


「いくら頼りないって言っても、そこまで無能じゃないだろう?」


 複雑な心境のまま、アーチャは意見を述べた。大きな深皿にフォークを投げ入れていた小人が、立ち上がり様にアーチャをねめつけた。


「彼らが無能だとすれば、きっとあたしたちも同類だろうね。ヴァークスの亡骸を見た警察の答えは『撲殺』だった。あれだけむごい死に方をしたのに、凶器は人間の拳ときたもんだ……もう少し食い下がっていたかったんだけどね、あたしたちが窃盗団だと気付かれたら、それこそ死に値する処刑がお待ちかねさ」


 小人たちが寸分の狂いもなく、一斉にため息を吐き散らすその姿は、見ていて気分のいいものではなかった。


「ルースター・コールズの首領は帰らぬ人となり、その右腕だったアーチャは行方不明。あたしたちがやっとこグレア・レヴに帰って来れたと思えば、ファージニアスとかいうナルシストがうろついてる。……アーチャ、あんた本当に何も知らなかったのかい? ヴァークスのこと」


 アーチャはギクリとした。いつの間にか、小人たちの冷たい視線がアーチャに注がれていた。


「まさか、俺がヴァークスを殺したとでも? 冗談やめてくれ! この哀れな格好をしっかりと見てくれよ! 俺たちは本当にドレイとして働かされていたんだ! どれだけ苦労してあの地下から抜け出して来たことか……」


 アーチャの弁解をほとんど無視するかのように、小人たちは各々の作業に戻った。小人……つまり『ピゲ族』は、疑い深く、それでいて執念深い種族だ。ここらで白黒はっきりつけておかないと、後で涙することになる。


「あのさ、俺の話をちゃんと聞……」


「“トラッシュ・ラッシュ・トワゴ”の件だけどね、あたしたちはまだ諦めたわけじゃないんだよ」


 なぜだか、唐突に話が変わった。アーチャはほっとしたが、やはりこのままでは後味が悪い。


「いきなり何を言い出すかと思えば……」


「ヴァークスがいなくなろうとも、あたしたちは諦めない。絶対に」


 アーチャは小さく嘆息を漏らすと共に、首を横に振った。その執念深さゆえ、諦めが悪いのもピゲ族の特徴だ。


「あと二日で何ができるんだよ……何か目ぼしい品でもあるってのかい?」


「二日じゃなくて一日。つまり明日」


 三人の内の誰かが口早に訂正した。アーチャはますます嫌気がさした。


「それじゃあ、あとたった一日で何をしようっての? この世に眠る秘宝の在処は、みんなヴァークスの頭の中なんだ。今年もレッドワインの優勝さ……」


 アーチャはガックリと肩を落とし、今度はみんなに聞こえるくらい大きなため息を吐いた。


「またグレアの高笑いを聞くことになると思うと、食欲がなくなるぜ」


「あの女は嫌な奴だけどね、腕っ節は本物だよ。常にあたしたちより一歩先を走ってんのさ」


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