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一章  アクアマリン  3

「ここだよ。さあ、お入り」


 アーチャの思いが天に届いたのだろうか、目的の場所へは思ったより早くに到着した。気が動転していて気付かなかったが、目の前には背の高い木製の扉が黙然とたたずんでいた。ジャーニスは扉を押し開け、アーチャの背中をポンと叩いて部屋の中に入れた。

 同じ部屋でも、アーチャが目を覚ましたあの部屋とはまた別格だった。六畳ほどの大きさしかないが、緑の絨毯が土を覆い隠すようにして床一面に敷かれ、小タンスや本棚、文字のつづられた用紙の束が雑然と積み上げられた大きな机が、壁際にきちんと配置されていた。岩肌の天井からは、四つのランプがシャンデリア風に部屋を明るく照らし出している。それに、どうもこの部屋は、他とは違って若干暖かい。


「ここに座って、さあ」


 三脚の丸椅子を机の下から引っ張り出しながら、ジャーニスは優しく促した。アーチャは崩れるように腰かけた。


「まずは、うん、心を落ち着けて。君はこれからの生活において、知っておかなければならないことが山ほどあるからね」


 ジャーニスはそう言って、机の上に置いてある『キャッチランプ補給』と書かれた底の深い金属性の箱の中に切れかけのランプを投げ入れ、持ち手付きの丸いフタで封をした。世間でよく知られるキャッチランプとは、貧乏人がこぞって用いる“倉庫用の明かり”だった。油も火も使わない、電気を利用した充電式のキャッチランプは、人々の注目を集め、一斉を風靡した画期的な調度品だった。しかし、その使い勝手の悪さが次第に利用者の癇に障るようになり、このキャッチランプは広く、倉庫や納屋などに用いられるようになった。つまり、アーチャの目覚めたあの部屋は、それらと同然の扱いらしい。


「あまり時間がないからかいつまんで説明するけど、一度しか言わないから、よく聞いてくれ。まず君は、今日からドレイとなった」


 目玉がひっくり返ったように視界が真っ暗になった。アーチャの目からは悔し涙が溢れんばかりだった。


「噂には聞いてたけど、本当にこんな所が存在していたのか……」


 アーチャの声がうつろなのは、自分に課せられた現実を完全に理解した確かな証拠だった。ジャーニスは机に寄りかかりながら、アーチャと同じくらい深刻そうな表情をしていた。


「アーチャくんがさっき言った通り、ここは陽の光さえ届かない海の地下室だ。僕たちは、このアクアマリンと呼ばれる牢獄のような所でドレイとして働かされているんだ。ちなみに僕は、このアクアマリンが築かれた二年前からずっとここにいる」


 二年前の自分を思い返していたアーチャは、ふと、先ほどのジャーニスの言葉を思い出した。


「あんたさっき言ってたよな? ここには数多くの種族が囚われてるって。それはどういうことなんだ?」


 ジャーニスは眼鏡のレンズをうっすらと覆っていた砂埃をドレイ服で拭き取ると、そのレンズを通した大きな瞳でアーチャをしっかりと見た。


「つい最近まで地上で生活していた君になら、現在の世界戦争の戦況がどういったものかよく分かっているだろう? ヒト族とヒト族の無意味な争いに、他の様々な種族たちが巻き添えを食っているんだ。ヒトには無い、生まれ持っての特異な血と力が欲しいためにね……そして、ルーティー族という混血の新種まで生まれてしまったんだ」


 一度大きく息を吸い込み、ため息のように吐き出しながら、ジャーニスは腕を組んで首を横に振った。


「そうして完成したのが、アクアマリンと呼ばれるドレイ収容所だ。この海底洞窟は、元々マープル族……一般に人魚族と呼ばれる者たちが住み家としていたのだが、世界一の軍事力を誇るグレイクレイ国の将軍、ザイナ・ドロが魔力を手にするために侵攻した。人魚族の一人を拷問し、この隠れ家のありかを聞き出してね」


「あのいかれじじい!」


 アーチャが地団駄を踏みながら悪態をつくと、ジャーニスは思い切り顔をしかめてアーチャを睨んだ。


「もう分かっているとは思うけど、僕たちを昼夜監視しているのはザイナ・ドロの部下たちだ。今はまだ早朝で巡廻の手も緩いが、もしそんなことを聞かれでもしたら今日の昼には公開処刑だ……まあ、地上へ出られるにこしたことはないけどね」


 「話を戻そう」と言わんばかりに、ジャーニスは咳払いをした。


「ここアクアマリンに、ドレイとして様々な種族たちが集められたのは、それからすぐのことだった。グレイクレイ国軍の非道な行いは“血族狩り”と呼ばれ、今も尚世界の各地で続けられている。そして、ドレイという形で均一の種族となった彼らには、各々の力に合った仕事が与えられた」


 指折り何かを数えながら、ジャーニスはぶつぶつと語り始めた。


「体力面、肉体面に優れたイクシム族は謎の神殿作りに回されている。栽培を専門とするノッツ族は、人魚族の魔力を借りて、とある特殊な部屋で野菜や果物、麦や豆などの穀物類を大量に生産している。一日一食の食事が食べられるのも彼らのおかげだ。大人しくて手なずけやすいゴーレム族は、主に“面倒くさい”仕事をやらされていることが多いかな……掃除とか、朝の挨拶とか、食事を運ぶとか。いつも悪巧みしか考えていないギービー族は危険な上、集団生活が大の苦手でね。別室で監禁されている。僕のようなルーティーの血が混じったヒト族は、敵対国の地理や軍事形態を分かりやすくデータ化する作業をしなければならない。比率としては、イクシム族が最も多く、僕らルーティー族は最も少ない」


 そう説明して、ジャーニスは机の上に広げられている用紙の束を物々しく指差した。


「そして、アーチャくんが知りたかった『数多くの種族が囚われている理由』についてだが、それは人魚族に課せられた仕事が大きなヒントを握っている、と僕は思う。というのも、実は僕にも詳しいことは分からないんだよ。だが、ここに運ばれてくる資料やサンプルデータを読み解いていくうちに、重大なことが分かってきたんだ。人魚族はアクアマリンという魔力の結晶体を使って、軍が密かに開発を進める殺戮機械に命を吹き込んでいるらしいということ。そして、その殺戮機械をベースに種族たちの血を混ぜ合わせ、どの種族の血が戦闘で最も効力を発揮するかという、機密の生体実験をこの地底で行っているということ」


 にわかには信じ難い話が続いた。アーチャはうなずくことさえしなかったが、自分でも驚くほど落ち着き払っていた。頭のこぶがまたひりひりと痛み始めたのは、ある程度の緊迫感から抜け出た証ではないだろうか? ある一つの大きな疑問が膨らんだのは、その直後だった。


「だったら、俺は何でここへ来た? 俺は純粋なヒト族だ」


 アーチャは、ジャーニスの両目が丸くなるのを見た。ひどく驚いている様子だ。


「今、何て?」


 ジャーニスは即座に聞き返し、穴の開くほどアーチャを見つめた。


「だから、俺は純粋なヒト族だって、そう言ったんだ。今の話を聞いてると、まともなヒト族は不要みたいに聞こえたけど?」


 アーチャは見開かれたままのジャーニスの瞳を、しっかりと見つめ返し続けた。アーチャは、予想以上に大きな反応を示したジャーニスを見ていて、少しずつ不安になってきた。


「それは……んー……そうだったのか……。それじゃあ聞くけど、君はどうやってここまで来た? なぜつれて来られた?」


 答えをもらえないまま、逆に質問を返されたことはアーチャにとって心外だったが、すぐにその答えは出た。


「分からない、何にも、さっぱり。周りがうるさくて、頭が痛くて、ふと目が覚めたら、もうここにいた」


「昨夜は何を?」


 ジャーニスは素早く切り返した。


「昨夜からの記憶はないけど……でも俺は確かに、昨日まで仲間のヴァークスって男と一緒に行動してたんだ。ガムダンの国で……そう、標的にしていたレイオット・ペムズの大屋敷に忍び込むための偵察をするために」


 アーチャの最後の言葉を聞いた瞬間、ジャーニスの眉がピクリと動いた。


「仲間とか、忍び込むとか……アーチャくん、君は一体何者なんだい?」


 好奇心にかられたような口調でジャーニスは聞いた。アーチャはあごをしゃくって胸を張った。


「世界に名高き窃盗団、“ルースター・コールズ”っていやあ、ちまたで知らない奴はいないぜ? 俺はその一味でね……みなしごで身寄りの無い俺を、一年前、首領のヴァークスが拾ってくれたのがきっかけさ。今はある秘密の大会に出場中なんだけど、こんな状況じゃあしばらく身動きがとれそうにないな」


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