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七章  グレア・レヴ  4

 その時、アーチャが急に勢い良く立ち上がったので、曖昧な思い出に浸っていたじいさんは仰向けにひっくり返り、有無を言わさず現実世界に引き戻された。


「どうしたの?」


 ヒーヒー喘ぐじいさんを助け起こしながら、シャヌは半ば非難するような声色でアーチャに聞いた。


「あいつらだ……帰って来たんだ。前に話しただろう、俺には仲間がいるって。『ルースター・コールズ』が戻って来たんだ!」


「にい、ちょっとおおげさじゃない? 森から帰って来ただけなのに」


 カエマが言い終わるか終わらないかする内に、シャヌたちの耳にも確かに聞こえてきた。遠くの方から聞こえる、ゴロゴロという低いエンジン音が。

 小高い丘の上から現れたのは、暗緑色の迷彩柄で色付けされた屋根のないずんぐりとした自動車で、アーチャの目に間違いがなければ、あれはルースター・コールズが所有する『カメレオン』だ。手配車として警察から追われることの多いルースター・コールズの車は、常日頃から塗装を繰り返し、その外見を擬態動物よろしく変化させてきた。そうして、自動車はいつの頃からか、アーチャたちに『カメレオン』と呼ばれるようになっていた。

 だが、グレア・レヴに住む者たちにこの変装は通用しない。この豪快なエンジン音を耳にするだけでルースター・コールズの自動車だとバレてしまう理由は、とても単純だった。この街にたった一台しかない車が、この『カメレオン』という旧型車なのだ。

 アーチャは、銀髪のロングヘアーを風になびかせて運転している優雅な男に気が付いた……アーチャの知らない男だった。いつもなら、あの席には首領であるヴァークスが座っているはずだ。後部座席には、三角帽子の先に白いふわふわをくくりつけた“小さな三人”が、ガタガタと車に揺さぶられるがまま座り込んでいた。三人は長い鼻が互いにくっつきそうになるくらい顔を見合わせて、何か話し込んでいる様子だった。アーチャが留守にしていたわずかの間に、『ルースター・コールズ』で何かがあったに違いない。

 自動車はブルブル震えながらアーチャたちの前で静止した。後部の排気筒から黒煙の塊を一発吐き出すと、奇怪な音を奏でるラジオからの音楽も、騒音のようなエンジン音も、みな眠ったようにしんと静まった。


「アーチャ!」


 後部座席に腰かける小人の一人が叫んだ。六十年ほど過剰に育ちすぎた幼児か、背が異様に低い老婆のような顔立ちだ。


「アーチャだ!」


 もう二人が続けて同時に叫んだ。どちらもすさまじい金切り声で、一人目と瓜二つな顔をしている。どれも怒気を含む凄まじい形相だ。


「ああ、アーチャだ。留守にしてて悪かったよ」


 三人はドアをひょいと乗り越え、アーチャの周囲に群がってギャーギャー騒ぎ始めた。小人たちは、背筋を伸ばしてもアーチャのひざほどしか身の丈がないのに、その姿はまるで小象のようだった。一人一人がちぎれんばかりに両腕を振り回し、アーチャを殴ったり蹴ったりしている。どうやら、アーチャにご立腹らしい。


「どうして? どうしてあたしたちをほったらかしにするのさ?」


「寂しくて死にそうだった! おまけに、変な人まで……」


「でも、死んだのはあたしたちじゃないんだよ、アーチャ! 死んだのは……」


 小人たちの猛攻から逃げ出しながらも、アーチャは大声で待ったをかけるのを忘れなかった。三人はアーチャの声に圧倒され、腕を振り上げたまま棒立ちになった。


「ヘイ! あんまりカッカするなよ、少年!」


 運転席にいた優雅な男が、車から降りてくるなりそう言った。長い銀髪を砂混じりの風になびかせるその男は、アーチャが見たこともないようなまばゆい格好をしている。世界中探したって、こんなファッションセンスを持った人物はいやしないだろう。スパンコールだらけのオレンジ色のボレロを着こなし、オレンジと青の縦ラインが刺繍されたけばけばしいズボンが、その長い足をより長く際立たせている。

 華麗な銀髪には似合わない身なりだ。

 こんなやぼったい服、一体どこの国で流行っているのだろうか? アーチャは本気で考えそうになったが、踏みとどまった。


「そういえば、あんた誰だい?」


 アーチャはいぶかしげに尋ね、そして男はその質問に答えるように、まず、白い歯を輝かせた。


「これはこれは、申し遅れましたね。私の名はファージニアス。ある人物を追いかける者……とでも言いましょうか」


 ファージニアスの輝く瞳は、アーチャからその後ろのシャヌへと移っていた。


「ようやく会えましたね! うん、私の予想どおり、キュートな子だ」


「シャヌの何を知ってる?」


 ファージニアスを見上げるアーチャの顔はより険しさを増したが、彼の方は余裕の笑顔のままだった。


「すべて……と言っても過言ではないですね。無論、それはここにいるみなさんにも言えることですけど」


 アーチャたちの驚く表情を楽しむように、ファージニアスはクスッと短く笑って空を見上げた。その時、カエマがアーチャの服をぐいっと引っ張った。


「このおじさんね、三日くらい前からグレア・レヴをうろちょろしてたの……」


「安心したまえ、可憐なお嬢さん。私、女性にはいつも紳士なのです。だから決して、私のことを“おじさん”と呼んだことを咎めませんよ」


 ファージニアスは独り言のように呟き、自分を見つめる全員の顔をしっかりと見渡した。そのすべてが、明らかに彼の存在を怪しんでいるというのに、ファージニアスはそのことに関してまるで無関心なようだった。まるで、自分が世界を動かす中心人物だとでも言いたげな、優越そうな笑顔だ。


「トナはどこなの?」


 カエマは案じ顔で小人たちに聞いた。


「トランクの中よ。あそこがお気に入りみたいね」


「暗くて狭い所が好きだなんて、変わり者よ」


「つまみ食いしてなきゃいいけど」


 小人たちが口々にまくしたてるのを無視して、カエマはトランクを開けに自動車の後ろに回った。狭苦しいトランクの中には、確かに、まだほんの幼い男の子が寝転がっており、食用の野菜たちにうずもれてぐっすりと眠りこけている。


「ったく、しょうがないな……」


 カエマと一緒にトランクの中を覗きこんだアーチャが、やれやれといった声を発した。


「みんな、とりあえずアジトへ行こうか。これからのことはそこで決めるとしよう」


 アーチャはそう提案し、「カエマとじいさんは車に乗ってくれ……ファージニアス、運転を頼む」と腑に落ちない様子で指示してから、アンジとシャヌを連れて再び歩き始めた。


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