七章 グレア・レヴ 3
四人はカエマの後を追うようにして、再び歩き始めた。やがて、跡形もなく崩れ落ちた家屋の近くに、小さな焚き火が五つほど燃えているのがちらと見えた。その炎を取り囲むように数十人のヒト族が寄り集まり(大人の女性と老人、子供ばかりだ)、みんながその疲れ切った瞳をアーチャたちに向けている。アーチャが帰って来たことで、数名の大人たちが何かを囁き合ったが、アーチャには聞き取ることができなかった。
どこからともなく、みすぼらしいぼろきれのような服を着た子供たちがアーチャたちの周囲に寄り集まってきた。物欲しそうに輝く瞳をちらつかせている……。
「これ、どうぞ」
シャヌが手渡したのは一輪の赤い花だった。丘に咲いていたひまわりに似た形の花で、綺麗だからと摘んでおいたものだ。子供たちは、シャヌが差し出した物が食べ物でないと分かると少し表情を曇らせたが、やがて笑顔に変わり、花を受け取って大人たちの元へと駆けて行った。その子供たちの足には、靴代わりの布が巻きつけられている。
カエマの姿があった。彼女はその服装のせいで、やたらと浮いた存在だった。アーチャたちも含め、みんなが土や泥にまみれたみすぼらしい格好なのに、カエマだけは大富豪の愛娘のような華やかさだ。
「みんなもう少しで帰ってくるはずよ。早朝に、森の畑へ野菜を収穫しに行ったの」
そばに転がっていた、形も大きさも手ごろな瓦礫を人数分せっせと並べながら、カエマはハキハキとそう言った。どうやら、アーチャたちに椅子を用意してくれたらしい。
「トナはどうした?」
瓦礫に腰かけるや否や、アーチャは少しそわそわしながら聞いた。
「みんなと一緒だよ。最近はずっとね」
「やっぱり!」
アーチャは頭を抱えた。
「あれほどダメだって、釘を刺してたのに」
「にいがいつまでも帰って来ないからよ」
カエマは一人その場に立ったまま、ぴしゃりと言い返した。新品の服を汚したくないようだった。
「トナって、お前の弟か?」
カエマが用意した瓦礫の上にもう三つ瓦礫を重ね置きながら、アンジはなるべく優しく聞こえるように尋ねた。カエマはわずかにたじろいだが、先ほどのことはもうあまり気にしていないようだった。
「うん。……私、カエマ・アグシール。ついこの前、五歳になったばかりなの。……ねえ、あなた、イクシム族でしょう? ものすごい体つきね!」
「あ、ああ……とりあえず、その……おめでとう」
アンジは目をそらし、口ごもりながら呟いた。
「おめでとう」
シャヌが続けた。その口調は、まるで自分のことのように嬉しそうだった。
「ふーん」
カエマは品定めするような鋭い目つきでシャヌの顔をじっと覗き込んだ。
「何やってんだい?」
隣からアーチャが聞いた。カエマはアーチャに目線を移し、意味ありげな含み笑いを浮かべた。
「ふーん」
カエマの笑みは顔中に広がっていた。「ふーん」の声量が、より一層大きくなった。
「何だよ」
「グレア・レヴを長い間留守にしてたのは、そういうことだったのね」
途端に、アーチャは頬を赤らめた。
「ち、違うよ! カエマ、それは違う!」
アンジがにべもなくバカみたいにゲラゲラ笑いだした。じいさんもそれに誘われるように、抜け落ちた歯の列を剥き出しにしてカラカラと笑った。
「おい、アーチャ。こんな子供に頭の一つも上がらねえみたいだな……じいさん、あんた何が面白いのか分かってないだろ」
ふんぞり返り、声にならない声で笑い続けるじいさんがそこにいた。
「私はシャヌ。深い深い地の闇から、アーチャが救ってくれたのよ」
シャヌの言っていることは、カエマにはちんぷんかんぷんだったらしい。カエマにとっては、白いシーツをマントのようにまとうシャヌの変な容姿も、謎めいたままだったに違いない。
「この街は、本当に懐かしいのう」
周囲を見渡しながら、じいさんは嬉々としてそう言った。
「ここに来たことがあるの?」
アーチャは驚いて聞いた。深呼吸を何度も繰り返すじいさんのその姿は、自らの中に眠るグレア・レヴの思い出と少しずつ調和していっているようだった。
「ずっと昔に感じたことがあるのじゃ……この風と光景を……しかし、何かが違うようじゃ」
「何が違うのですか?」
シャヌの質問に、じいさんはまず首を横に振って答えた。
「分からん……だが、それもまた神秘じゃ」
じいさんは必要以上に薄い唇を動かして言い終えた。
「何だか、変わった感じのおじいちゃんね」
カエマはアーチャに囁き、それから何事もなかったかのようにじいさんの観察を続けた。