一章 アクアマリン 2
「なあ、ここはどこなんだ? 何で俺たちはこんな地下にいる?」
部屋全体の様子を不安気に観察しながら、アーチャは声を張り上げて質問を続けた。これも部屋が明るくなってから気付いたことだが、この部屋にいる全員がアーチャと同じ服を着て、そのきゃしゃな体を地面に投げ出し、死んだように眠り込んでいる。心なしか、その髪の毛は鮮やかな緑色に輝いて見える。
「アーチャくん」
ジャーニスはかすれるような小声で呼びかけた。
「そうやって大声を出すのは、君にとっても、そして周囲の者たちにとっても、あまり好ましい行為とは言えないんだよ……少なくとも、このアクアマリンの中ではね」
ジャーニスはそうたしなめると、首からぶら下げていた懐中時計を金のチェーンごと引っ張り上げ、時間を確認した。
「ついておいで。君には、ここのことを知る権利がある」
懐中時計を丁寧に服の中へしまい込みながら、ジャーニスはほとんど唇を動かさずにそう言った。結局、アーチャは訳が分からないままその部屋を後にし、ジャーニスの背中を追って通路を左に曲がった。通路といっても、今さっきまでいた部屋より少し幅が広くなっただけで、他に際立った変化は見られない。壁沿いにランプの明かりが灯っていなければ、あの部屋とは見分けがつかなかっただろう。
どこまでも続くほの明るい静かな通路を、二人は黙々と歩き続けた。誰かとすれ違うことも、別の部屋を見つけることもなかった。やがて、二人は通路の末端に辿り着いた。通路を抜けた先には、アーチャが度肝を抜かすような空間が広がっていた。それは例えていうなら、まさに“アリの巣”がふさわしいだろう。
広々とした開放感のある空間の岩壁には、数え切れないほどたくさんの穴が開いていて、ドーム状の見上げるほど高い天井からは鋭利な岩のつららが無数に垂れ下がっている。中央には大きな湖があり、湖面にもう一つの丸天井を反射させてでんと構えている。しかも、なぜかは分からないが、ここは他と比べてかなり明るいようだった。天井からも、湖面からも、青緑色の淡くぼんやりとした光が、広大な空間全体に放出されている。アーチャがこんなにも神秘的な情景を目の当たりにしたのは、生まれて初めてのことだった。
「ここがアクアマリンの中枢だ。この美しい景観から、僕たちの間では聖地と呼ばれている」
アーチャはうんともすんとも返事をしなかった。目の前の光景に圧倒されて、言葉が一時的に迷子になっていた。急ぎ足で歩き出したジャーニスの背中を追いかけながら、アーチャは今来た道を振り返った。たくさんある穴の内の一つで、他の穴とは見分けがつかない。何しろ、何十メートルも高くそびえ立つ壁という壁が虫食いだらけなのだ。
アーチャは、たまに自分がルーティー族だったらいいのにと思う時があった。ルーティー族特有の並外れた記憶力は、物忘れの激しいアーチャにとってはうってつけだが、理由はそれだけではない。冷静で正確な状況判断がアーチャには出来ないのだ。何事にも熱心で負けず嫌いのアーチャは、激しい怒りにかられたり、ひどく動揺したりすると、よく理性を失った。
「なあ、ジャーニス……」
湖の岸辺にそびえる針のような大岩の脇を足早に通り過ぎた時、アーチャはふと、四方八方から冷たい視線を浴びていることに気が付き、思わずジャーニスの名を呼んだ。だがジャーニスは無視し、湖を半周ほどして入り込んだ通路に辿り着くまで、口を開かなかった。
「気付いたかい?」
心配そうに聖地の方を振り返りながら、ジャーニスはますます声を小さくして言った。
「ここには僕らのような、数多くの種族が囚われている。だが、彼らは仲間だ……敵ではない」
『僕らのような、だって?』
今のジャーニスの発言は何かのまちがいではないかと……いや、まちがいであって欲しいと願いながら、アーチャは下唇を強く噛んだ。
『まさか、この俺が……アーチャ・ルーイェンが、“ドレイ”にされた?』
そんな疑問が頭の中でグルグルと旋回し、アーチャを混乱させた。きっとまだ夢の続きを見ているのだと、これは何か悪い冗談なのだと、そう自分に言い聞かせることで、血迷い気味の感情を抑制するしかなかった。一刻も早く真実を知りたい。