四章 また死…… 3
「少し話は逸れちゃったけど、君たちが見た女の子が本当にマイラ族だとしたら、それは過去百年間の歴史上において、かなり貴重な発見と言えるだろう」
ジャーニスはそうまとめると、気を取り直したように二人に笑いかけて、話を続けた。
「計画の詳しい内容についてだが、決行日の前日にでもこうしてまた話すよ。外部に漏れるのを防ぐためにもね」
「それっていつ頃になりそう?」
アーチャが聞いた。
「早くても三日後……状況がこれ以上悪化するなら、更に伸びることも予想されるけど」
アンジが一歩踏み出した。
「そういやあ、病気がちな仲間がいるって聞いたけど?」
「ああ……」
ジャーニスは滅入ったような声色で返事をした。
「それが……残念なことに、病気を患っていたジクスがかなりの重症らしくてね。話し合った結果、彼はここに残ることになった」
「そんな!」
一人でも多くのドレイを助け出したい、そんな思いがあったからこそ、アーチャは悔しくてたまらなくなった。ジャーニスはすっかり落ち込んだアーチャの肩を優しく撫でた。
「仕方のないことなんだ。足下もおぼつかないジクスを無理に引っ張りまわすのは危険な行為だ。失敗は決して許されない……なぜなら、それは僕らにとって死を意味するからだ。脱走計画に二度目はないということを、しっかり頭に入れておいてほしい」
アーチャはジャーニスの顔を見上げた。黒い瞳が、語りかけるようにしてアーチャを見つめ返していた。アーチャはゆっくりとうなずいた。
「マイラ族の他に、まだ何か変わったことはあったかい?」
アーチャを見下ろし、アンジを見上げながら、ジャーニスは口早に尋ねた。どんな些細な情報でも収集しておこうとしているように見えた。
「んー……」
アーチャは考えた。誰かを忘れているような気がするのだが……あ、そうだ。
「そうそう、じいさんだ」
アーチャとアンジがほとんど同時にそう言った。二人は顔を見合わせて気まずそうに笑った。
「じいさん?」
ジャーニスがすっとんきょうな声を出した。
「ヒト族のいかれたじいさんが、二日前の朝、俺たちの部屋にいたんだ」
「そしたら突然発狂して、部屋中大騒ぎになった。兵士たちは敵国のスパイだって言ってるけど……今は多分、牢屋の中じゃないかな」
アンジがおおざっぱに説明し、すぐにアーチャが継いだ。ジャーニスは、その時部屋に駆け込んで来た兵士たちと全く同じ、困惑した表情をしてみせた。
「アクアマリンにおじいさんがいるって? 老いた血はデータのサンプルにも使えないからって、ドレイの対象外になっているはずだけど……」
「そういえば、兵士たちはみんなおじいさんのことを知らないみたいだった。それにあのおじいさん、ドレイの服を着てなかった。毛皮のコートだった」
それはますます不可解だと、ジャーニスの表情が気難しそうに歪んだ。
「アーチャくんには以前も話したけど、地上からアクアマリンへ来るには潜水艇を使うしかないんだ。少なくとも、おじいさんはその潜水艇に乗って来たはずだよ……当然、兵士たちと一緒に。だが、昨夜にはいなかったはずのおじいさんが、朝には私服のままそこにいた。そして、兵士たちは誰一人としてそのおじいさんを知らない」
よくよく考えてみると、つじつまの合わないなんとも不気味な話だ。ジャーニスは特に話し上手だったので、アーチャは話を聞いているだけで腕全体に鳥肌が立ってしまった。まるで、怖いもの巡りの怪談話でも耳にしているかのような気分だ。
「なあ、アンジ。あれはもしかしたら、アクアマリンの中をさまよう亡霊かもしれないぞ」
「よせよ……縁起でもねえ」
アンジは本気で参っているようだった。ジャーニスは愉快そうに短く笑った。
「僕が思っていたよりずっと、このアクアマリンという海底洞窟では摩訶不思議なことが繰り返されているようだ。それは魔力の宿ったアクアマリンであったり、絶対の権力者であったり、滅びたはずのマイラ族であったり、突如現れた謎のおじいさんであったり……だがあと三日で、目の前のすべてが変わるんだ。あと、たったの三日で……」