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三章  いかれたじいさんと滅びの一族  2

「とりあえず、このおじいさんを兵士たちに預けよう。ゼル・スタンバインっていう兵士の所なら安心だ。彼なら信用できる」


 アーチャはそう言って、懐中時計を見た。六時をわずかに過ぎてはいるが、ゴーレム族はまだ顔を出していない。ゼルに引き渡す時間の余裕ならかなりあるはずだ。それに、ゼルの部屋の位置については、何の心配もない。アーチャはこの一週間で、この部屋に通じる穴も、ゼルの部屋に通じる穴も、作業場に通じる穴も、みんなしっかり覚えていた。というより、アンジからその覚え方を教わったのだ。

 まず、中央の湖を針時計に見立てる。ほとりから突き出る石筍のような大岩を12時と定め、2時の方向がアーチャたちの部屋。9時の方向がゼルの部屋。6時の方向が作業場だ。といっても、同じ方向に必ずしも穴が一つだけとは限らないので、そういった場合は穴の『形』で覚えるしかないらしい。


「そっちを持って……さあおじいさん、散歩にでも行こうか」


 二人が息を合わせて立ち上がらせると、じいさんの顔がにんまり微笑んだ。


「散歩、散歩、楽しい散歩。はて……杖はどこにやったかな?」


 じいさんはあたりをキョロキョロと見回した。部屋のどこにも、杖らしきものは見当たらない。


「こんな、いかにも騒ぎを起こしそうなじいさんは、とっととそのゼルって兵士の所へ連れて行こう」


 コートの中まで杖を探し始めたじいさんを横目で恐る恐る観察しながら、アンジは言った。アーチャは肩をすくめてうなずいた。

 二人はじいさんを振り向かせ、ランプの明かりに照らされた所まで引っ張って行った。その時、何の前触れも無く、ランプがチカチカと明滅した。部屋が暗くなり、一寸先さえも闇に包まれた。しばらくして明かりが点いた……また消える……点く……消える……また点く……消える。そして、点いた。


「うぁ……! うわあああああぁぁぁ!」


 鼓膜をつんざく凄まじい叫び声が部屋でガンガン反響した。ランプを見つめていたじいさんが突然、断末魔のような甲高い叫び声を発し、アーチャとアンジの手を振り解いて地面に突っ伏した。まだ叫んでいる。

 この騒ぎで、眠っていたノッツ族全員が残らず飛び起き、パニックになって部屋中を駆け回った。更には、じいさんと競い合うようにして絶叫し始めたではないか。アーチャとアンジは耳を塞ぎ、すっかり調子も良くなったランプの明かりから逃げるようにして、部屋の奥まで急いで避難した。このけたたましい騒音の真っ只中でも、アーチャには、こちらに走って近づいて来る兵士たちの足音が聞こえてくるようだった。


「うるさい! 黙れ! さっさと静まらんか!」


 アーチャの予想通り、四、五人の兵士が肩で息をしながら部屋へと飛び込んできた。てんやわんやしていたノッツ族は、兵士の発した怒声で瞬時に凍りつき、その場で彫像のように固まって動かなくなった。じいさんは背中を丸めて地面にうずくまったまま、小さく嗚咽している。兵士たちがその周りを取り囲っても、それは同じだった。


「立て! 立てと言ってるだろう! この老いぼれが!」


 兵士の一人がフードをわしづかんでじいさんを引っ張り起こした。じいさんは両手で顔を覆ったまま、まだヒーヒー喘いでいた。兵士たちよりも恐ろしい何かが、じいさんを苦しめているようだった。


「何かの手違いか? こんな年寄りがここにいるわけがない」


 兵士の一人が、血管の浮き出たしわしわの両手と薄毛の頭髪に注目しながら言った。


「それに、ドレイ服も着せられていない。見ろ、靴まで履いてる」


 兵士たちはそのいかめしい顔を寄せ合い、じいさんをくまなく調べ続けた。見れば見るほど怪しいじいさんだ。


「とりあえず、控え室にでもぶち込んどけ。こんな失態をジェッキンゲン大佐に見つかりでもしたら、当直の俺たちが左遷されてしまう。今日の昼前にはここに着くはずだから、それまで粗相のないように心がけろよ」


 兵士の一人が声をひそめてそう言ったのを、アーチャもアンジも聞き逃さなかった。ゼル・スタンバイン少佐がアクアマリンのすべてを指揮しているのだとばかり思っていたアーチャは、そのジェッキンゲンという男が何者なのか興味をそそられた。

 兵士たちが顔を覆ったままのじいさんを連れて部屋を出て行く際、こんな話し声が聞こえた。


「この部屋の誰かが手引きをしたとは考えられないか?」


 アーチャは背筋が凍る思いをしたが、兵士たちが戻って来る気配はなかった。


「助かったぜ」


 額の汗を拭い取りながらアーチャは言った。直立不動のノッツ族は枯れ木そのもので、兵士たちが立ち去った後も硬直したままだった。きっと、ムチが襲いかかって来ないという意外性に安堵しきったせいで、呆然としてしまっているのだろう。ドレイたちが早朝からお祭り騒ぎを起こしたにも関わらず、兵士たちが全く体罰を与えなかったなんて話は、きっと前代未聞だ。ジェッキンゲンという男に気付かれることを恐れ、事を大きく荒立てないように思考錯誤する兵士たちの姿は見ていて笑えるものだが、アーチャだって気を許すことはできない。アーチャのかつての叱責はすべてゼルの意志によって許されてきたが、ジェッキンゲンがそばにいるとなると、そううまくはいかないかもしれない。その男は、とんでもなく無慈悲で、アクアマリンにいる兵士全部を束にしたってかなわないほど残忍かもしれない……どうしても、アーチャにはそんな気がしてならなかった。


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