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二十一章  愛の歌  4

 シャヌは歌っていた。

 黄金に輝くステージ上で、雷というスポットに照らされながら、聴く者すべての心を魅了するその美しい歌声で、華麗に歌っている。歌声は段々と大きくなり、やがて遠くまで響くようになった。それはまるで、歌うことを覚えた教会の鐘の音だ。

 翼から淡い光が放たれ、シャヌの全身をふわりとまとった。計り知れない強大なマイラ族の魔力が、その歌声と共に世界中へ羽ばたき、聴く者の心に『希望』という名の音色を響かせている。


「どういうことだ……」


 黒雲が割れ、その雲間から月明かりが射し込み、シャヌを包み込んだ。月光を受けて、翼は更に強く光り輝いた。愛の込められたシャヌの歌声は、聴く者の心に希望を芽生えさせ、心の闇を糧に増幅していた黒雲が次々と消滅を始めた。だが、地上へ向かって降り注ぐ新世界の大陸は、その速度を緩めようとしない……すでに、神殿のすぐ上空まで迫りつつあった。

 シャヌは自分の腕全体が透けていることに気付きながらも、歌うことをやめなかった。まるで、じいさんの時とまったく同じ現象だ。それは、自らに与えられた使命を……六十年後のアーチャを助けるという使命を、無事に果たせたという何よりの証拠だったに違いない。

 六十年後の未来の世界、街の中でじいさんが聞いたあの歌声は、時空を越えて響き渡ったシャヌ自身のものだったのだ。


「万物の力は新世界の前ですべて無と化す。今さら何をしようが無駄なことだぞ」


 グランモニカが勝利を確信したように声を張り上げた。笑みの広がる顔半分は血の赤に染まり、その表情はより不気味な風貌をかもし出している。


「誤解しないで。私は、ただ信じてるだけ……信じる思いを、希望に変えてるだけ」


 歌うことをやめ、シャヌは奮い立つような力強い語調でそう言った。


「流れる時に思いをはせて、その心は受け継がれる。身は滅びようとも、意志は証となって生き続ける。そうして、未来の主の元へ、帰っていく……」


「万策尽き、血迷った挙句の結論か」


 グランモニカは言ったが、シャヌはほとんど聞いていなかった。というより、もうすでに聞ける状態ではなかった。その全身は水よりも透き通って風に揺られ、立っていられないほどの脱力感がシャヌを襲った。

 シャヌはその場に倒れ、横たわるカエマの姿を、薄れゆく意識の中で見つめた。ユイツから手渡された「ヘインの見た世界」は、投げ出された腕の下敷きになってしっかりとその場に留まっている。強風に吹き飛ばされるような心配はないだろう。

 シャヌは自分の腕を見た……のだろうか? どこにも見当たらない。完全に消えてしまっている。


「アーチャ……私もう……行かなきゃ」


 それはまるで、声まで透き通ってしまったかのように、響きのない、空っぽな声だった。視界さえもぼんやりかすみ始めると、やがて濃い霧に包まれたように目の前は真っ白になった。シャヌは余力を振り絞り、純白の世界を仰いだ。強風と霹靂の轟音さえも聞こえなくなった。

 するとほんの一瞬、視線の先に、アーチャの笑顔が浮かび上がった気がした。気付くと、シャヌも満面の笑顔だった。


「大好きだったんだよ……ずっと」


 涙を含む声でシャヌが囁いた。その瞬間、何もかもが、消え去ってしまった。


『私……アーチャが大好きだった』




「シャヌ?」


 シャヌの声が聞こえたような気がして、アーチャは誰もいない空虚な荒地を振り返った。だがそこにあったのは、新世界の大陸が落とす邪悪な影ばかりだった。天を覆い隠す大地の底は、すぐ上空まで迫ってきていた。


「アーチャ!」


 風の音に混じって、アンジのしゃがれ声が響き渡った。アーチャが振り向くと、そこに青ざめた表情のアンジが立っていた。


「みんなは?」


 アーチャはすかさず聞いた。


「マニカさんとトナなら無事だ。いい隠れ場所を見つけたんだ……一時的なものだけどな。じいさんは……消えちまった。跡形もなく」


「そうか……」


 アーチャは呟き、うず高い瓦礫の影から見えるフラッシュナッシュを見つけた。放たれるのは微弱な光ばかりで、今にもその役目を終えんばかりだった。


「結局、みんなここに残ったんだな」


「お前はどうする、アーチャ? 俺はどこまででも着いていくぜ」


 アンジは強気になって言ったが、その声はわずかに震えていた。アーチャは深呼吸し、心を落ち着かせ、闇の中で黄金に輝く神殿をしっかりと見上げた。


「ついさっき、シャヌの歌が聞こえた。六十年後の俺を救った、あの歌だ。もしかしたら、今度は俺だけじゃなく、世界中の人々を救ってくれるかもしれない……信じよう、シャヌを」


 自身の言葉を胸に、アーチャは勇ましい表情でアンジを振り返った。そんなアンジも、既に覚悟を決めていたようだった。勇猛な笑みを顔いっぱいに浮かべている。

 アーチャは勇ましく瞳を輝かせ、割れた雲間から地上を見下ろす月に向かって笑いかけた。


「待ってるからな、シャヌ。俺たちの未来の中で、ずっと待ってるからな」




ここまで読んで下さり、本当にありがとうございます。

次話で最終章です!

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