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二十一章  愛の歌  3

 叩きつけてくるような強風に真っ向からぶつかり、稲妻にひるむこともせず、シャヌは黄金の神殿の頂に音もなく降り立った。うろこをくすんだ虹色に輝かせる厳しい表情のグランモニカと、その脇に横たわるカエマがすぐに視界に入った。カエマは、どうやら意識を失っているらしい。投げ出された手足はピクリともせず、長い黒髪が風にさらわれて大きく煽られているだけだ。


「未練がましい小娘めが。何をしにここへ来た?」


 荒々しいグランモニカのその語調に、かつての高貴な雰囲気は微塵も感じられなかった。グランモニカの本性がいよいよかいま見え始めた。


「始まりを告げに来ました……新しい未来の始まりを」


 暴風と雷鳴の轟音がすぐ耳元で鳴り響く最中、シャヌは物怖じもせずにそう言った


「お前たちに未来などない。あるのは、過去という腐敗と、今という絶望だけだ」


 グランモニカの大きな瞳が、稲光に照らされてギラリと輝くのをシャヌは見た。


「マイラ族……己の力に溺れた、何とも醜い生き物よ。百年の時を隔て、尚も我々人魚族の邪魔をしようというのか」


「私は、自分の魔力に屈して、他人を服従させるようなことはしない」


「お前の思想など関係ない」


 グランモニカの下あごから鋭利な太い牙が突き上がった。


「マイラ族の存在そのものに、生きる者の心を戦慄させるだけの恐ろしい力が備わっているからだ。百年以上も前、まだマイラ族が天空にその住処を築いていた頃、この世を支配していたのは魔族の力だった。人魚族とマイラ族……海と空が地を挟んで対立する時代が何百年も続いたが、マイラ族がフラッシュによって滅ぼされたことにより、二つの種族の争いは幕を閉じた。そして、私がこの座に上り詰めた矢先……今度は地を支配していた者たちがその頭角を露にし始めた」


「……ヒト族」


 シャヌはポツリと言った。このけたたましい騒音の中、シャヌの小さな声を聞き取れるのはグランモニカくらいだったろう。


「そうだ。我々の存在を脅かした、ゴミも同然のヒト族だ。ジェッキンゲンの存在も相まってか、地上での文明の発展は、ここ近年において目を見張るものがあった。ヒト族は魔力に代わるものを次々と生み出し、ついには、光の力をもその手中に収めてしまった。歯止めの利かなくなったヒト族の暴走を止めるため……私は、新世界の創造を決断した」


「違う。あなたはただ怯えてるだけ」


 シャヌははっきりと断言した。グランモニカの強烈な睨みがシャヌの勇気をえぐった。


「何が言いたい?」


 とげとげしいその声には、グランモニカの煮えたぎるような怒りが込められていた。それでも尚、シャヌは自分の弱い部分を見せまいと意識を高めた。ひるむこともせず、むしろ、更にグランモニカとの距離を縮めた。


「発展しすぎたヒト族の文明から逃れるために、あなたは新世界という逃げ場を創っただけに過ぎない。ヒト族から逃れられるだけの力は持っていても、運命に立ち向かうには力が及ばなかった……あなたは、自分自身に負けたのよ」


「言葉を慎め!」


 その瞬間、グランモニカの腕の中に収まっていた巨大な真珠が眩く煌いた。グランモニカの怒声は、空気を震撼させ、闇を貫いたが、シャヌの剛勇なまでの心持ちを打ち崩すまでには至らなかった。手元の真珠は尚も強く光り続けている。


「お前たちは、グランモニカという存在によって滅ぼされる運命にあるのだ! マイラ族の魔力を持ってしても、もうここから逃れられやしない! 呪うがいい……無力な己を! 儚い運命を!」


「確かに、あなたを超えるだけの力を、私は持っていない……だけど、こんな弱い私にも、一つだけできることがある。それは、死を否定することでも、運命を受け入れることでもない……。“信じる”ことが、私の導き出したたった一つの答えだった」


 微笑みかけるシャヌを見て、グランモニカは一時的に声を失った。神殿の美しい輝きによって浮かび上がるシャヌの姿は、まさに天使そのものだった。


「以前、私はアーチャと一緒に世界の未来を見ることができた。それは、異なった時間の流れに存在する未来だけれど、でも、そこには確かに未来があった。だから、私は信じたい……私たちにもまだ未来が残されているんだってことを、心から信じたい」


 グランモニカの高笑いが辺りを満たした。その笑顔はシャヌのものとはほど遠く、醜悪そのものだった。


「血迷ったか。こんな状況で、お前に何ができる? 死に直面しても尚、自らに課せられた運命を受け入れぬというのなら……」


 グランモニカは二度目の沈黙を余儀なくされた。腕にしっかり抱いていたはずの真珠が音を上げて粉々に砕け散り、欠片が周囲に飛散したのだ。中でも一際大きな破片がグランモニカの右まぶたを切り裂き、多量の血を滴らせた。ヒト族と同じ、真っ赤な色の血だ。なぜこのようなことが起きたのか……グランモニカがそのことに関して深く考える必要はなかった。


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