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二十章  アーチャの選択  6

 三人の作業に気を取られながらも、アーチャはユイツの話に耳を傾けた。


「僕が軍へ入隊したのもそのためで、ゼル・スタンバインと行動することで君たちに接近しようと試みたんだ。グレア・レヴで初めて会った時、僕は君たちにここは危険だと告げ、街を出るように促した。未来にある僕の記憶を辿ることで、君たちがシシーラの街へ行くことは分かっていた。というより、分かっていたからこそ、君たちをこの街から遠ざけたんだ。そして僕は、アーチャたちが軍に捕らわれるよう、時間の流れを書き換えた。一番厄介だったのは、ファージニアスがジェッキンゲンを捕まえるために企てていた計画を、すべて台無しにさせることだった」


「そんな手の込んだことをしてまで俺たちを罠にはめる理由が、どこにあるんだ?」


 アンジは、レッジにこっぴどくなじられていたことを振り返りながら、非難がましく聞いた。


「アーチャとシャヌに、本当の未来を見せたかったから」


 ユイツは淡々と答えた。


「マイラ族の強大な魔力と光の助けさえあれば、タイムホールを作り出すことは可能です。僕は君たちに、美しい未来を知ってもらいたかった。この世界には、こんな素晴らしい未来が待っていたんだって。でも、アーチャとシャヌが見たのはまったく違う未来だった。どういうことかは分からないけど、フラッシュによって壊滅した未来を見てきてしまったんだ……この時間の流れには存在しないはずの未来をね……」


「この時間の流れにはって……それ、どういうことだなんだ……?」


「長話はそこまでだ」


 口ひげの男が声を張り上げた。


「ユイツ。お前、自分の立場が分かってるのか? 時空保護法を片っ端からないがしろにして、よくもまあ時連の俺たちの前で、そうのん気に立ち話なんかできるもんだ」


「時空保護法?」


 ユイツはポカンとした。


「そんなのあったんだ」


 歯茎をむき出して殴りかかろうとする男を全力で押さえつけながら、ファージニアスはユイツを振り返った。


「あなたは百以上の法を犯した時空犯罪者として指名手配される身です! ここはおとなしく、我々の指示に従ってもらいますよ!」


「いいよ。分かった」


 ユイツはやけに素直だったので、男の怒りは水でもかぶったかのように消沈した。


「でも、僕に最後の役目を果たさせてほしい。……カエマ」


 カエマは返事の代わりに小さな悲鳴を上げた。ユイツを良く思っていないのは、その二の足を踏む様子からしても明確だった。グランモニカに捕まったそもそもの理由は、ユイツにあるのだ。


「何……?」


 結局、カエマはその場から一ミリも動かずに返事をした。マニカがカエマの腕を離そうとしなかったのもその理由の一つだった。マニカもまた、ユイツのことをかなり良く思っていない者の一人だった。


「シャヌから君に受け継がれた、この本を渡しておきたくてね」


 ユイツは詫びを入れるような優しい口調で言った。差し伸ばした手の先には、しっかりと『ヘインの見た世界』が握られていた。


「どうして知ってるの?」


 カエマは本を受け取りながら尋ねた。ユイツはにっこりした。


「君の記憶の中に僕が在り続ける限り、僕の存在は証明される。そして、君の記憶が僕に語りかけてくれるんだ」


「……トリックに決まってる」


 手帳のようなものに何やらメモをとっていたライナンテが、そうぼそりと呟くのをアーチャは耳にした。


「だから、君が時空連盟の方々から突きつけられた選択で、深く悩んでいるのも知ってる。……うん。君のその選択は、間違ってなんかない」


 まるで、ユイツの一人芝居を見ているようだった。話し相手であるカエマさえも会話についていけず、“時空連盟の方々”に至っては、口が半開きになる始末だった。


「先輩、準備が整いました!」


 金の前髪をなびかせながら、青年が敬礼混じりに報告した。気付くと、地面には銀色の棒らしきものが四角を描くように立てられていて、全部で四つ、微弱な輝きを放って闇を照らしている。その手前には箱型の装置が置いてあり、裏側から四つの棒をつなぐ太いコードがごちゃごちゃと伸びている。

 ファージニアスが右手を振り上げた。


「では……送光、開始!」


「送光!」


 青年が繰り返し、ライナンテが手際良く装置のスイッチを押した。間もなく、四つの棒すべてが白色に輝き、それぞれの先端部から上中央へ向かって神秘的な光線が放たれた。四つの光線は一点で交わり、すべての点をつなぎ合わせて構成された面が金色に輝くと、三角屋根の家のような輪郭が浮かび上がり、そのままぼんやりと輝き続けた。大人が一人、まるまる入り込めそうなほど大きい。


「“フラッシュナッシュ”という、人工的に作り出した未来への入り口です」


 ユイツの肩に腕を回しながら、ファージニアスが説明した。


「私たちはユイツをつれて先に向かいます。残りの光エネルギーから計算しても、あと五分と持たないでしょう……それに……」


 そこまで言って、ファージニアスは空を見上げた。アーチャもとっさに見上げた。黒雲とは違う巨大な何かが、空を覆い尽くしている。アーチャは生唾を飲み込んだ。


「あれが……新世界?」


 それは絶望に染まる声色だった。ユイツの肩を握るファージニアスの指先に力が加わった。


「グランモニカの新世界計画はとうとう大詰めのようです。ここに残るか、未来へ行くか。決断を急いでください。それじゃあ、私たちはこれで……」


「ちょっと待ってください」


 ファージニアスの高い鼻を見上げながら、ユイツが穏やかな口調で言った。


「行き先を変更してください。百十七年後ではなく、六十年後の未来に」


 その言葉の真意を見出そうと、その場にいた全員がユイツを見た。そして、誰もが怪訝な表情を浮かべたが、唯一、ファージニアスだけがユイツの考えを悟った。


「いいでしょう」


 ファージニアスは眉をクイッと上げてユイツに相槌を打つと、ちらとアーチャの方を振り返り、またすぐ前に向き直った。


「ライナンテ。時間を六十年後にセットし直してください。行き先を変更します」


「帰れなくなっても知りませんからね」


 渋々と命令に従いながら、ライナンテは不快を露にそう警告した。


「私の部下を一人、未来から手配させるので心配いりません。それじゃあ、今度こそ私たちはこれで」


 ファージニアスとユイツが光の中へ飛び込んでいったのをきっかけに、部下の三人がそれに続いた。アーチャ、シャヌ、アンジ、カエマ、マニカ、トナ、そして今しがたノロノロとやって来たじいさんが、そこに残された。


「ユイツって人が言っていたカエマの正しい選択って、何なの?」


 カエマの顔を覗き込みながらマニカは聞いた。知りたいようで、知りたくない……そんな表情だった。カエマはしばらく母親の目をじっと見つめるだけだったが、やがて口を開いた。


「お母さん。私、ここに残る……グランモニカと一緒に、新世界へ行く」


「そう……そう……」


 マニカは自分の中に生まれた感情を押し殺すかのように呟いた。


「どうしてここに残ろうと?」


 アーチャが聞いた。カエマは両腕でしっかり本を抱えながらアーチャを見た。曇りのない澄み切った二つの瞳が、闇の中で確かな光を放っている。


「私が、みんなの思いを背負わなくちゃいけないから。未来へ行って私だけ助かっても、新世界の進行は止まらない……世界中のたくさんの人たちを巻き添えにしてしまう。私は、この世界に残されて死んでいく、たくさんの人たちの思いを継ぐ。これは、選ばれた私にしかできないことなとなの。だから私は、ここに残る」


 カエマの意志に異論を唱える者は、そこに誰一人としていなかった。選んだ答えに正解・不正解が存在しないことを、その場にいる全員が知っていたからだ。


「お母さんとトナは、未来へ行って。私なら一人でも大丈夫……」


「……一人じゃないわ」


 マニカの顔に笑みが広がった。それはとても弱々しい笑顔だったが、溢れんばかりの愛情が込められていたことに、カエマは気付いていた。


「カエマを一人置いて、未来へ行くわけないじゃない」


「僕も一緒にいるよ……ずっとね」


 トナはそう言い、マニカの腕にしがみついて空を見上げていた。天よりゆっくりと降下する大地の底が、先ほどよりもはっきり見えるようになってきた。


「カエマ、よく聞いて」


 マニカの声は、差し迫るその瞬間に怯えるように上ずり、震えていた。


「あなたはお父さんに似てしっかりしていて、ちょっぴり気の強い女の子だけど、誰でも一人が寂しいって感じる時がある。だから、みんなが恋しくなった時、涙が止まらなくなった時、青空を見上げて、笑ってみて。私たちはずっとそこにいて、あなたのことをいつも見守ってる……いつも笑いかけてる」


 カエマの足が宙に浮いた。青い光に包まれた体が、神殿へ向かって少しずつ上昇していく。アーチャはとっさにカエマの手をつかもうとしたが、その前にマニカの腕が伸び、カエマの指先をつかんだ。


「お母さん!」


 カエマの涙が頬を伝ってこぼれ落ち、雫となってマニカの腕に滴った。


「カエマ、生きて。あなたの未来を、しっかり生きて」


 二人は無情にも引き離され、その絆は束の間に終わった。だが、マニカのその目に涙はなかった。我が子に思いのすべてを託したマニカにとって、もう涙は必要なかった。


「カエマ! グランモニカにいじめられても、くよくよすんなよ!」


 アーチャは声が枯れるほど大きな声で叫んだ。こちらを見下ろすカエマの毅然とした表情は、もう今までの彼女ではなかった。それは、新たな始まりに向かって歩み出そうとする、立派な勇姿そのものだった。


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