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二十章  アーチャの選択  5

 アーチャが向かったのはゼルのところだった。横たわるゼルの脇に誰か座っていて、じっと動かないまま顔を覗き込んでいる。アーチャがその目で見たのは、きちんと足を畳んで硬い地面に座り込む、じいさんの寂しげな後ろ姿だった。


「何してるの?」


 じいさんの横に座りながらアーチャは聞いた。ゼルの安らかな表情は、先ほどとまったく変わっていなかった。


「考えていたんじゃ。わし自身のことについて色々とな」


 突風が吹き抜ける中、じいさんはおもむろに答えた。


「自分のことについて考える時って、楽しいことより、辛いことの方が多いよなあ」


 アーチャは、今思っていることをそのまま言葉に置き換えた。特にこれといった同意を求めたわけでもないが、じいさんはアーチャの予想していた以上の反応を示してくれた。


「わしは、過去の自分について振り返ることを、ずっとずっと拒んでいた。記憶喪失になったことで、どこかに置いてきたはずの悲惨な過去を思い出すのが、とても怖かったんじゃ」


「ふーん……おじいさんにも、そんな辛い過去があったんだね」


 アーチャは暗い声色で言った。じいさんのか細い笑い声は、うねるような風にさらわれて掻き消された。


「長生きすれば、それに値するだけの苦悩や恥に苛まれるものじゃ。人間、いさぎよさも肝心じゃて……わしはもう、十分生きた」


「話……聞いてたんだね」


 アーチャはうなだれた。


「前に話したろう? おじいさんは六十年後の未来から来た人だって……ファージニアスに頼めば、元の時代に帰らせてくれるかもしれないよ? いや、もしかしたら、もっと平和な時間の流れの中に連れて行ってくれるかもしれない」


 アーチャは自らの胸の内にあるわずかな望みをじいさんに託した。しかし、じいさんは視線を落としただけで、その話題には触れなかった。


「ゼル・スタンバインなら、どちらを選んだかのう?」


 じいさんは唐突に話の内容を切り替えた。アーチャはゼルの顔を見た。上空でけたたましい雷鳴が轟いても、強風が前髪をかき上げても、その穏やかな表情は一瞬だって崩れることはなかった。


「雷とか、風とか、嫌なら嫌だって……言ってもいいんだぜ? 俺が止めてやるからさ」


 アーチャは静かに声をかけた。返事はなかった。


「泣きたいなら、泣いてもいいんだぜ? 大丈夫……ちょっとくらい鼻水すすったって、誰にも聞こえやしないからさ」


 ゼルが涙を流すことはなかった。目を開けることも……なかった。


「悔しくて叫びたいなら、叫んでもいいんだぜ?」


 アーチャの言葉がゼルに届くことは、決してなかった。そこにあるのは、深い眠りにつくかのような、安らかな笑顔だけだったからだ。体内を流れる血も、様々な思いを巡らせる心も、ゼルの中の時間も、すべてがそこで止まっていた。


「うああああぁぁぁーっ!」


 前のめりに立ち上がり、よろけつつもファージニアスの元へ駆け出しながら、アーチャは腹の底から叫んだ。どうしてそうしたかったのかは分からない。ただ、心に蓄積されていた鬱憤や迷いを吐き出してしまいたかったのかもしれない。迫り来る死の恐怖を、完全に断ち切ってしまいたかったのかもしれない。

 本当の答えは、アーチャ本人にさえ分からなかった。


「どうすりゃいいんだよ!」


 アーチャはファージニアスの服につかみかかってがなった。


「俺たちは未来へ逃げるしかないのか? グランモニカを倒す術はないのか? 全部あいつの思い通りになっちまうのかよ!」


 ファージニアスは何も答えず、何かをかみしめるような苦々しい表情で顔を背けた。ファージニアスを追い詰めるように、アーチャは大声を浴びせ続けた。


「俺は……誰かが死ぬのも、自分が死ぬのも嫌だ! もっと生きたいんだ……みんな、もっと生きていたいんだよ! 例えそれが、こんな廃れた世界だったとしても!」


「人類は滅びるべきなんだ……僕がそう決断した」


 全員が声の聞こえた方へ一斉に振り返った。一冊の古びた本を脇に抱えるユイツの姿が、暗闇にぼんやりと浮かび上がっていた。


「あなたは……」


 ファージニアスは声を詰まらせ、目を丸くした。その瞳は、宝石がはめ込まれているかのようにキラキラと輝いている。


「それ、どういう意味だ?」


 ファージニアスの服から手を離し、静かに歩み寄ってくるユイツをまじまじと見つめたまま、アーチャはすげない口調で聞いた。


「ジェッキンゲンの愚かな行為が時間の流れに傷をつけ、やがて、この僕にも修復できないほど深刻なものとなった。そうして、僕はグランモニカの新世界計画に便乗し、世界そのものを滅ぼすことで、時間の流れをリセットしようと考えた」


 ユイツが話す傍ら、ファージニアスの仲間たち三人がヒソヒソと会話し、何やら準備を始めだした。どこからか箱型の小さな機械を取り出し、それを地面に置いて手際良く側面のスイッチを押している。


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