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二十章  アーチャの選択  4

「それで、こいつらが例の……?」


 口ひげを蓄えたいかつい顔の男が荒い鼻息でアーチャたちを観察し、事細かく詮索するようにその小さな目をすがめた。


「また乱れやしませんかね?」


「ええ、大丈夫です。彼らには一度、死という現実を突きつけられている。だから時間の流れをまたいでも……」


「ちょっと待った!」


 アーチャはようやく割って入ることができた。ずっとチャンスを窺っていたのだ。


「どういうことなのか、まず俺たちに説明してくれよ。あんたがファージニアスだってのは分かった。それで、ここに来た目的は何なんだ?」


 ファージニアスはまた「しまった!」という困り顔でアーチャたちを見た。


「先ほども申しましたように、我々は死んだ私自身の連絡を受けてここへやって来たのです。当初は、時空犯罪者である兄を捕まえにやって来たのですが、ここへ向かう途中、本部からジェッキンゲンが死んだとの連絡が入りましてね。しかもその兄を殺したのが、なんとユイツだというではありませんか。現地調査と報告のため、ここへやって来た次第です」


「ユイツを知ってるのか?」


 アンジが興奮気味に聞いた。


「あたしたちが六年も追い続けてきた時空犯罪者さ。あんたたちと一緒にいたファージニアスさんは、そのことを知らなかったみたいだけどね。……それにしてもその口ぶり、いかにもユイツのことを知ってるって感じだね」


 女がそう答えるのを聞いて、アーチャは、この女性はグレアそっくりだなと思った。目つきや口調がそっくりだ。


「ライナンテ。まだ私の話は終わってないよ」


 ファージニアスは優雅にたしなめた。


「とにかく、私が見たところでは、兄は確かに死に、ユイツにはまたも逃げられた……といった感じでしょうか? 我々はこのことを本部へ報告し、その後……まあ、これは私の出した提案ですが、あなた方を別の時間の流れへ連れて行って差し上げよう、こういうわけです」


 それを聞いた誰もが、束の間、その言葉の意味を理解しようと頭の中で反復させた。そして、自分たちは助かるのだという結論に辿り着いた。自分たちだけは……。


「グランモニカの新世界計画は恐ろしいものです」


 ファージニアスは、複雑な表情を浮かべるアーチャたちに向かって続けた。


「歴史の筋書きに狂いがなければ、グランモニカの新世界計画は失敗に終わっていたのです。ザイナ・ドロ将軍が使用したフラッシュによって、グランモニカはあの神殿ごとこの世から姿を消していたはずでした。しかし、兄がシャヌ嬢をこの時代に連れてきてしまったことで、時間に大きな狂いが生じてしまった。ドロ将軍は殺され、シャヌ嬢はみんなを守るため、タイムホールを使ってフラッシュを過去へ送り飛ばした。そうして、マイラ族は滅び、グランモニカの新世界計画が実行された」


「これから、この世界はどうなっちまうんだ?」


 アーチャはそっと尋ねた。


「新世界の大陸が黒雲の中から現れ、この世界の何もかもを飲み込んでいきます。やがて、時間の流れそのものが変わり、時空連盟の最新技術を持ってしても、その後のことは皆目見当がつかなくなる。ですから、そうなる前に、我々と一緒に未来へ行きましょう。皆さんは兄の野望を阻止しようと、本当によくがんばってくれました。連盟の総指揮官も、きっとお喜びになるはずです」


「でも、こことは別の時間と空間に移動するのはまずいんじゃないのか? グランモニカが、その人の存在は消えてなくなるって、確かにそう言ったんだ」


 アーチャが尋ねると、ファージニアスは首を振ってそれに応じた。


「その者に関わる大きな目的、夢、希望があるのなら、話は別です。皆さんは、この時間の流れにおいて、今や死をつきつけられた存在……よって、そこに生きるという目的を見出すことができるのです。皆さんはどんなに遠い未来においても、その存在を消されることはない。ですが、自分をよく知る過去の時間へと赴くなら、これといった目的も、夢も、希望も必要ありません。己の存在は、過去の時間を生きた己自身によって確立されるからです」


 沈黙が訪れ、辺りは重たい空気に満たされた。ファージニアスの提案が、この荒廃しきった時間の流れから脱出できる唯一の術であることを、その場にいる全員が承知していた。しかし、その自由と希望は手を伸ばせばすぐ届くところにあるというのに、アーチャたちは、それぞれが抱くこの世界への強い思いを断ち切れないでいた。


「私たちが生き延びられたとしても、世界中の人たちは救われない……それでいいのかな? 本当に、こんな終わり方でいいのかな?」


 長い静寂を破ったのはシャヌの声だった。そしてそれは、みんなが心に思っていたことでもあった。正しい結論を導き出すことができない、迷える者の心の叫びだった。


『誰かが救われるには、誰かが犠牲にならなければならない。それがこの世の摂理だ』


 ふと、ジャーニスの言葉がアーチャの頭の中を駆け抜けていった。確かに、ジャーニスのこの言葉は正しいものかもしれない。他人の命を犠牲にしなければ、救われない命だってあるのだ。今、アーチャたちの前に立ちはだかるその選択肢こそ、生きるか死ぬか、見殺しにするか共に死ぬかの、まさに究極の分岐点といえた。


「もう時間がありません。火急の選択で申し訳ないのですが、どうするのか、早々に決めて頂きたい」


 ファージニアスが性急にせっつくと、アーチャは意を決したような面持ちと足取りで前へ進み出た。


「みんな、これは自分自身の問題だ。未来へ行って生きるか、ここに残って正々堂々と死ぬか……自分の意思で決めるんだ」


 自分はどうしたいのか、アーチャはあえて言わなかった。アーチャは一人その場を離れ、暗がりに向かってトボトボと歩き出した。みんなしばらくその様子を目で追ったが、やがてうつむき、自らに突きつけられた過酷な現実を、アーチャの言葉と共に受け入れようとした。


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