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二十章  アーチャの選択  3

「カエマには先ほど、すべてを話しました。カエマの考えがどのようなものでも、世界の結末に変動はありません。新世界の入り口は開かれ、私たちはその最初の一ページに名を刻むこととなる」


 シャヌがまた何か言い返そうと口を開きかけた傍らで、カエマがスッと立ち上がり、グランモニカを睨んだ。


「みんながこの世界に残るなら、あたしだって残る! 家族や仲間を見殺しになんかできないもん!」


 途端に、アーチャは毅然とした意気を奮い起こし、グランモニカを振り返った。シャヌの強い志とカエマの言葉が、アーチャにわずかな勇気を与えてくれた。こうするしか道は残されていないのだという、そんな決断を下すための、わずかな勇気を。


「少し時間をくれないか? 地上に戻って、みんなと話したい。もちろん、カエマも一緒に」


 グランモニカは考え深げに目をつむり、やがて答えを出した。


「……いいでしょう」


 グランモニカの両手に収まる巨大な真珠が、その手の中でチラッと光った。


「かつての生き様を振り返り、涙が枯れるまで別れを惜しむがよい。新世界が時間を許す限り、その機会を与えよう。おりしも、新たな客人がお見えになるようですしね」


 グランモニカの最後の言葉に不審を抱いたその瞬間、アーチャたちは真珠から放たれた強い光に全身を包み込まれ、神殿の頂から姿を消した。ふと気づくと、アーチャたち三人はグレア・レヴの街外れに立っていた。瞬きをすると目の前は別世界だった……まさにそんな感覚だ。


「アーチャ!」


 アンジの声が闇をえぐり、地面を揺らすような大きな足音がそれに続いた。アンジ、マニカ、トナの姿が暗闇の向こうから現れ、アーチャたちと顔を見合わせた。マニカは涙で声を震わせながらカエマの名を呼び、その両腕でしっかりと抱きしめた。もう決して離しはしないと言うかのように。


「無事に助け出せたみたいだな」


 アンジは嬉しそうに顔をほころばせたが、アーチャの浮かない顔を見て、事態が好転していないことをすぐに察した。


「時間をもらったんだ……この世界が終わる、その時まで」


 アーチャは、カエマとマニカが抱き合ったまま号泣する様を見つめながら、アンジにそっと囁いた。トナは赤ら顔をくしゃくしゃにして涙をこらえている。

 それは、アーチャとシャヌがグランモニカから聞いた新世界のことを、アンジやマニカに詳しく話して聞かせている時のことだった。街の東に広がる荒地に一点の強い光が射したかと思うと、次にはドーム状に大きく膨張し、また次には一気に収縮して完全に消滅した。やがて各々が耳にしたのは、こちらに歩み寄ってくる一組の微かな足音だった。


「誰だ?」


 アーチャは恐る恐る声を張った。だが、足音の主から返事が返ってくるその前に、今度は街の広場の方で立て続けに三度の光が射し、先ほどと同じようにそれぞれが膨張と収縮を繰り返した。それは夜の繁華街を彩る特別製のネオンを見ているようだったが、その珍妙な現象にいつまでも酔いしれている余裕はなかった。その理由は、足音の正体にあった。


「あーあ、みっともない。また到着地点がずれてしまいましたね」


 暗がりから姿を現したその人物を見て、アーチャはすべてを疑った。


「まあ、それはさて置き……。初めまして。私、百十七年後の未来から参りました、時空連盟の歴史調査部担当、ファージニアス・トーバノアです」


 その事実を知る者なら、誰もが言葉を失っただろう。死んだはずのファージニアスが、満面に笑顔を広げ、手を振りながらこちらに歩み寄ってくるではないか。足もあるし、体も透けてなければ、顔も青白くない。亡霊でないことは確かなようだ。


「ファージニアス……お前、本当にファージニアスなのか?」


 アーチャはどうにかして声を絞り出した。その言葉を聞いて、ファージニアスは何か重大なことを思い出したように目を見開き、手を叩いた。


「私としたことが、うっかりしてました! 私には初対面でも、皆さんは顔見知りだったんですよね! その上、私の身の上を何もご存知でない!」


 ファージニアスそっくりの男は、自らの言葉で徹底的に打ちのめされたようだった。アーチャたちは半ば呆然とその男を見上げ、カエマはすすり泣くのをやめた。


「率直に申しますと、私、三十二分前に兄に殺された私自身の連絡によって、別の時間の流れからあなた方を助けにやって来た、一年前のファージニアス・トーバノアなのです。もっと分かりやすく言い直すとですね、皆さんが会っていたのは、百十八年後のファージニアスで、私は百十七年後の、しかも異なった時間の流れから来たファージニアスなのです」


 アーチャたちに質問させる隙さえ与えず、ファージニアスは容赦なく喋りまくった。だが、言われてみれば確かに、その男はファージニアスそのものだった。極彩色のやぼったいハイネックの服、空咳混じりの流暢で気取った喋り方……どこをどう見てもファージニアス・トーバノア、その人だった。


「時間にはたくさんの流れがありましてね。今も尚その数は増え続けています。そして、その数だけ未来も用意されているのです。しかし、私の未来は死んだ私のものとは異なりますが、大差はないのです。時空を監視する時空連盟も存在していますし、こうしてタイムトラベルも実現可能になった。だから私は、この時間の流れでSOSを求めた私自身が、その直後に殺されることを知っていました。無論、兄の悪事や、グランモニカの新世界計画まで、全部です」


 その時、三メートルはある光の傷跡の横幅を軽やかに飛び越えてやって来たのは、光沢のあるタイトなスーツに身を包んだ三人のヒト族だった。みんな背が高かったが、中でもファージニアスは群を抜いて長身だった。


「到達点の計算違いは相変わらずですね」


 金髪で童顔の青年が鼻の詰まったような声を出した。ファージニアスはバツが悪そうに顔をしかめた。


「未来の先輩は殺されたって聞いたけど、犯人は実の兄なんでしょう? それってヤバくないかしら……複雑な意味で」


 縮れた黒髪を強引にポニーテールにしたような髪型の女が、つっけんどんな態度で言った。ファージニアスの表情に得意の笑みが戻っていた。


「まあ、その兄も死んでしまったみたいですし、他の流れにこれ以上の影響は及ばないでしょう。これは余談ですけど、私の兄なら平気ですよ。ついこの前、職場希望していた老人保護施設から合格の便りが来たんです。兄は大喜びした末に玄関先の表階段から転げ落ちて、腕と腰の骨を折る大ケガをしたばかりですから。きっと今頃、病室のベッドで枕を濡らしてるんじゃないでしょうか」


 笑ったのはファージニアス自身を含め、金髪青年の愛想笑いだけだった。


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