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十九章  黒雲  6

「まだ分からないの?」


 アーチャに助け起こされたシャヌが、アーチャの肩を借りながら涙声で言った。


「百年前にマイラ族を滅ぼした謎の光……そして、今あなたが放ったフラッシュ。私が作り出したタイムホールによって時を超え、その二つは繋がったのよ。あなたが自分の時代を捨て、過去へ逃避しようと意を決めたその瞬間から、歴史は変わっていた……そして、あなたの野望は阻止され、その代償として、マイラ族は滅びた」


「違う! 違う! 違ーう!」


 ジェッキンゲンは余力の限りを尽くして叫んだ。


「私の意志は、この身が朽ちても尚、その恐怖と共に生き続ける! 世界を震撼させた存在として、人々の記憶に永劫とどまるんだ!」


 荒げた呼吸を繰り返すジェッキンゲンの表情が明らかにやつれ始めた。揺さぶられた頭髪はボサボサで、口角からは唾液が流れ落ち、とがったあごの先端を伝って垂れ下がっている。


「そうでなければ、未来を変える意味がなくなってしまう……人々の記憶が私の存在を呼び起こしてくれる限り、世界は私に降伏し、私の存在は確かなものとなる……あんな未来で生き続けるのは、もうたくさんだ……」


「そんなの間違ってる!」


 怒りにかられてアーチャが叫んだ。


「こんなやり方じゃ、結局は何も変わらない! お前がどれだけ強くなっても、人々がどれだけ戦慄しても、世界から戦争はなくならないんだ……。種族という隔たりを忘れ、互いをいつくしむ心を持った時、人は初めて他人を愛することができる。そして、それが平和へのきっかけにつながる」


「こざかしい戯言だ……」


 ジェッキンゲンが憎々しげに言うと、そこにずっしりと構えていた砲台が氷のように溶け、やがて風船のように膨らむと、元の球体に戻っていた。


「人魚は後回しだ……まずはお前たちから殺す」


 球体の中央部から再びオーブが現れ、その狂気じみた光でアーチャたちの強張った表情を照らし出した。三人は肩を寄せ合って一つにまとまり、二つの球体をまっすぐに見つめる他なかった。この状況をどう切り抜けるか……アーチャは死の恐怖と向き合いながらも考えを巡らせたが、もはやどうすることもできないことを悟っていた。

 今この瞬間に、正義の味方でも現れてくれればどんなに心強いか。そう、この声の主のような勇ましくも猛々しい味方が……?


「時が満ち、準備が整った」


 等身大のムーンホールをくぐり抜け、三人の目の前に勇敢な姿を現したのはユイツだった。先ほどの狂乱っぷりはどこへやら、その表情には燃え上がらんばかりの二つの瞳が輝いている。


「ユイツ! お前どこに行ってたんだよ!」


 あまりに突然の朗報だったので、アーチャはユイツの名を『救世主』と置き換えそこねた。


「君たちは離れていて……さあ!」


 ユイツに言われるがまま、アーチャ、シャヌ、アンジはその場から遠ざかった。


「俺は今、命というかけがえのない拾い物をしたぜ」


 街の出口付近まで避難した時、アンジがようやく口を利いた。額には汗がにじみ、呼吸難にでもおちいったような息遣いだった。


「彼、大丈夫かしら……」


 ジェッキンゲンからある程度の距離を置いても、シャヌの不安は依然として残されたままだった。アーチャは腰に手を当て、ユイツの行く末を案じるような面持ちで向こうの様子を見つめた。


「きっと何とかなるさ。あいつ、自信たっぷりなふうに見えたし……シャヌ!」


 アーチャはあることに気づいてかなり驚いたが、シャヌとアンジはそのつんざくようなアーチャの叫び声にもっともっと驚いていた。


「な、何?」


「ここにいる……目的を遂げた君が、まだここに!」


 シャヌも事の重大さに気づいたらしく、アーチャを見つめ返したまま呆然としていた。


「考え方としては二通りある」


 アンジが横から割って入り、「俺はとっくにそのことに気付いていた」とでも言わんばかりの理知的な態度をあらわにした。


「まず一つ、目的を勘違い。二つ、グランモニカの嫌がらせ」


「期待した俺がバカだった」


 アーチャは呆れて言った。しかし、アンジの考えは肩透かしだったかもしれないが、その読みは的を射ていたかもしれない。シャヌは考えに耽り、呟いた。


「やらなければいけないことがまだ別にあるとしたら、それって何だろう……」


 周囲にはいつの間にか強風が吹き荒れていた。雷鳴はいっそう大きく、連続して鳴り響き、嵐でも迫っているかのような具合だった。そんな近辺の騒音をかいくぐるようにして、ユイツとジェッキンゲンの会話がおぼろげに聞こえてきた。


「待たせたね、ジェッキンゲン。あの時の決着をつけようじゃないか」


「決着? もうとっくについているではないか。私がこの体を手に入れたその瞬間からな」


「そうじゃない」


 ユイツは不敵な笑みを浮かべて否定した。


「『私の魔力とあなたの超能力、どちらがその上をいくのか勝負です』……この言葉、忘れたの? あの時の決着はまだついてないよ」


 ジェッキンゲンの顔に醜悪な笑顔が広がった。


「ちょうどいい……お前には多大な憤りを感じているところだった。初めに言っておくが、私は魔力をもしのぐ優れた力を手に入れた。光という、万物の存在を超越した力をな」


 その時、アーチャは信じられない光景を目撃した。剣を前に構えたゼルが、その弱った体をひきずるようにして前進している。向かう先は、ジェッキンゲンの背部だ。


「ゼル! だめだ!」


 アーチャは大声を出してゼルを止めようとしたが、その行動が不幸な結果を招いた。ジェッキンゲンが背後に近づくゼルに気付いてしまったのだ。


「おやおや。無能な剣士の登場だ」


 肩で息をするゼルを見下ろしながら、ジェッキンゲンは冷たい声で言った。


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