十九章 黒雲 5
その時、西の方角から赤い斜光が差し込んだので、三人の注意はそちらにそそがれた。それは、今しがた神殿の結界によって跳ね返されたフラッシュが、雲を飲み込んだことによって生じた一筋の西日だった。黒雲の一部にポッカリと穴が開き、そこから眩いほどの強い陽射しが漏れ出ている。
「光……マイラを滅ぼした……フラッシュ……」
シャヌは何かに取り憑かれたようにフラフラと歩き出し、抑揚の無い声を発した。突然のことに、アーチャもアンジも驚くことしかできなかった。
「お前たち、逃げるなら今の内だぞ」
ジェッキンゲンが低い声で言った。
「今度のフラッシュは、発動箇所を中心に直径十キロメートルを飲み込む超強力製だ。ユイツの持つ不思議な力を使って、地球の裏側にでも避難するんだな」
「そんなことしたら、お前も死ぬぞ!」
アーチャは脅すように、それでいて警告するように言った。ジェッキンゲンの視線は上空の神殿へと戻っていた。
「私は死なない。光原子によって作られた核が光のシールドを生成し、互いは反発しあい、私はかすり傷一つ負いやしない。言っただろう。私は光をも凌駕する存在なのだと」
アーチャは絶望感で全身の力が抜け落ち、アンジは恐怖で足をすくませた。
「俺たち、もうダメなのか?」
十キロメートルを十秒で走り抜けられるほどの脚力があればなあ、と悔やみながら、アンジは沈みきったしわがれ声で聞いた。だがアーチャは、アンジの声にはほとんど耳を傾けていなかった。夕陽の光に見惚れたままのシャヌが心配だったのだ。
「なあ、シャヌ。もうすぐでジェッキンゲンの奴がフラッシュを……」
「分かってる」
シャヌの毅然とした声が即座に返ってきた。
「私がやらなきゃいけないってこと……ちゃんと分かってる」
アーチャは、シャヌはフラッシュの脅威を目の当たりにしたせいで、とうとう頭がいかれてしまったのだと確信した。しかし、次のシャヌの言葉ですべてが明らかになった。
「私がこの瞬間に存在している理由が必ずどこかにあるって、グランモニカはそう言った。アーチャ……私、やっと分かった。存在しちゃいけないこの時間の流れに存在している理由が、やっと分かったの」
「シャヌ、何を言ってるんだ? 君がここにいるのは、十六年前にジェッキンゲンが……」
シャヌはただまっすぐにこちらを見つめただけだというのに、なぜだかアーチャは言葉を失ってしまった。
「その後にこうも言ったわ。目的を成し遂げた時、その存在は消えてなくなる、って。私が私のままでいられたのは、そこに果たさなければいけない目的があったからなの。私にしかできないこと……それは、過去の仲間たちを犠牲に、ここにいるみんなを救うことだった」
「まさか!」
アーチャは愕然とした。大きく開いた口から荒々しい声が吐き出され、シャヌを見つめ返す瞳が驚倒によって据わった。
「アーチャ、見ろ!」
アンジが空を指差して叫んだ。そこにあったのは霧だった。夕陽を受ける淡いオレンジ色の霧がキラキラと輝き、闇の中で一際明るく発光している。紛れもない、アーチャとシャヌが未来へ向かって飛び込んだ、あの霧とまったく同じだ。
空を見上げていたジェッキンゲンがぞっとするような笑い声を上げた。
「霧を使って目をくらませようとでもいうのか? 最期の悪あがきがこのザマとは。マイラ族が、聞いて呆れる」
ジェッキンゲンは砲口の照準を神殿に合わせ、会心の笑みを顔中に広げた。
「冥土の土産だ、受け取れ!」
砲口の先端が爆発したかのような凄まじい衝撃が周囲に広がり、音が壁と化して三人の内耳を襲った。その反動で砲台全体が後方に三メートルほど吹っ飛び、勢いよく飛び出したフラッシュという名の爆弾は(それがどんな姿形をしているのか、誰一人分からなかった)、微かな煙の筋を残し、霧の向こう側にある黄金の神殿へ向かって突っ込んでいった。
発射後の不快な余韻だけが残されたその只中で、シャヌはその場にくず折れ、ジェッキンゲンの怒り狂った叫び声が闇のしじまを貫いた。
「どういうことだ……なぜ発動しない!」
ジェッキンゲンが怒りの形相で怒鳴り散らした。
「何をした! 完璧だったはずのフラッシュに、一体何を細工しやがったんだ!」
砲台が地を鳴らしながら向きを変え、殺意をみなぎらせる発射口がアーチャたちを捉えた。