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十八章  真紅の戦い  5

 ムーンホールの出口はひと気のない静かな通路だった。レッジとフィンは足音を立てずにすぐさまその通路を走り抜け、突き当たりを右に曲がって暗がりに飛び込み、そこで息を潜めた。


「この戦闘機って確か……」


 フィンが言いかけた。


「ああ、200−ヘガ……アーチャが乗り込んだ怪物だ」


 レッジは声をわずかに上ずらせてそう言った。


「内部の構造ならすべて覚えてる。それに、最後の相棒も残ってるしな……」


 レッジは胸の内ポケットから吸盤付きの金属片を取り出し、通路の照明に当ててキラキラと輝かせた。それはとても小さく、円形で、中央の半球状のガラスが光を通して赤く輝いている。


「私たちのとっておきのお守り……まさかこんな形で使うことになるなんてね」


 その輝きに目を奪われながら、フィンは悲しげに囁いた。レッジは、フィンが“お守り”と言ったそれを壁に押し当て、吸盤を使ってしっかりと固定させると、側面の小さなでっぱりを爪で押した。


「行こう。最後の仕上げが残ってる」


 レッジはフィンの手を取って立ち上がらせ、もう一度通路を走り抜けた。左手に現れた階段を上り、その先の通路をすぐ右へ曲がり、また階段を上った。そうして辿り着いた先は、狭くて薄暗い通路だった。すぐ右手にやせ顔の兵士が一人立っていて、頑丈そうなドアの前で見張りについている。二人は階段の隅に隠れながら息を殺した。

 レッジは尻のポケットから折りたたみ式のナイフを取り出し、刃を引き出すと、フィンに向かって小さくうなずいた。フィンはしばらく無反応だったが、深呼吸を繰り返し、ようやく意を決した。

 見張りの兵士にしてみれば、それは一瞬の出来事だったに違いない。兵士がよそ見をした隙を狙ってレッジが後ろに回りこみ、羽交い絞めにすると同時に手に持っていたナイフを首元に突きつけた。フィンは兵士が取り落とした長身の銃を拾い、兵士の頭に突きつけながら慎重に ドアに近づき、開けた。


「動くな!」


 フィンがコックピット内に向かって叫んだ。人質にした兵士を使ってジェッキンゲンをおびき出そうと計画していたのだが、どうやらその必要はなさそうだった。操縦席に座っていたのはその標的であるジェッキンゲン・トーバノアともう一人、ゼル・スタンバインだった。


「おお! これは、これは……ようこそ、我が空飛ぶ城へ」


 自分に向けられた銃口をしげしげと観察しながら、操縦席の向こう側に広がる真紅の戦地をバックに、ジェッキンゲンは満面の笑みで二人を歓迎した。


「俺たちが何しに来たか、分かるよな?」


 レッジがナイフをぎらつかせながら言った傍らで、人質の助けを求める声が虚しく繰り返された。


「それよりも、どうやってここに来たか、の方が興味をそそるんですけどね……まあ、さしずめあの小僧がまた手を貸したのでしょうけど。……ゼル、彼を助けてあげなさい」


 ゼルは無言で立ち上がり、狭いコックピットを抜けてフィンと向き合った。フィンはゼルを味方だと思い込んでいたので、今はジェッキンゲンの味方のフリをしているのだろうと考えていた。だが、そうではなかった。

 ゼルは腰の辺りへおもむろに手を伸ばすと、ベルトから拳銃を抜き取り、何のためらいもなく引き金を引いた。銃声が弾丸と共に飛び出し、レッジの右太ももを貫いた。レッジは痛みで叫びながら床を転げ回り、人質はその隙に逃げ出した。フィンは悲鳴を上げて後ずさりし、血の池を渡ってレッジの上にかがみ込んだ。


「あなた……ずっと味方だと思ってたのに」


 もがき苦しむレッジを気にしつつも、フィンは人形のように無表情なゼルの顔を見上げ、涙声で訴えた。その間にも、レッジの足からは血がドクドクと流れ出ている。


「ゼル、もういいですよ。後は私が始末しますから」


 ゼルはマントをひるがえして席に戻り、ジェッキンゲンがそれと入れ替わるようにしてフィンの前に立ちはだかった。


「もうすぐで……てめえらの最期だ」


 レッジがしわがれ声で言った。その顔には血の気がなく、フィンが止めても尚、話すのをやめようとはしなかった。


「お前がまだこの戦闘機に乗っていてくれて……幸いだった。以前……この戦闘機内のコンピュータにハッキングをかけた時……こっそり爆破プログラムを仕込ませてもらった。……それは、俺たちがさっき仕掛けた……信号送受信専用の起爆装置と連動している……つまり、その爆破プログラムを開始させれば……この戦闘機は爆発して跡形も残らないってわけだ。……無論、俺たちも死ぬがな……」


「さすがはルーティー族、といったところでしょうか」


 ジェッキンゲンは賞賛の拍手を送りながら言った。


「しかし、なんと使い勝手の悪い爆弾でしょうか。プログラムも複雑ですし、起爆させるのにも不便だらけだ」


「足跡を残さず綺麗サッパリ終わらせるには、もっともなやり方なのよ……それに、プログラムは臨機応変に書き換えられるから、状況に応じた爆発をさせることもできる」


 フィンが不承不承といった態度で説明した。


「戦闘機に仕掛けるもっとも基本的な……爆破プログラムを教えてやるよ」


 レッジは額ににじんだ脂汗を血に染まった袖でぬぐい取り、青白いやつれた笑顔で言った。


「燃料の消費量を計算して爆破信号を送るんだ……ここに仕掛けておいたものもそれさ。……起爆装置の電源を入れた途端……爆破プログラムは信号をキャッチし、計算を開始する。そうして……ある一定の燃料を消費したら、起爆装置に爆破信号を送り返す……つまり、このまま順調に飛び続ければ……この戦闘機は勝手に爆発するってわけだ」


 ジェッキンゲンの笑みが薄れ、顔面が蒼白になったように見えた。見張りの兵士は狂ったように悲鳴を上げながら逃げ出し、ゼルは不安げな横顔でジェッキンゲンの様子を窺った。


「どうします? 不時着しますか?」


 ゼルが提案したが、レッジはせせら笑った。


「もう手遅れさ……相手はこんな怪物だ……起爆装置が信号を送ってから十分も経たずに爆発する。まあ……せいぜいあと一分ってところだな」


「とても残念です」


 ジェッキンゲンが肩を落とした。


「みんなここで死ぬのよ……あんたも、私たちもね」


 フィンの言葉の一部を否定するかのように、ジェッキンゲンはほんの小さく顔を振った。


「私が一番残念に思うのは、あなた方二人が無駄な死を遂げてしまうことです」


 レッジは薄れゆく視界の中でジェッキンゲンの顔を見上げていた。その表情にはまた微かに笑みが戻っている。


「何を血迷ったことを……」


 フィンは自分の目がおかしくなったのかと思った。ジェッキンゲンの姿が二重に見え、その輪郭は靄の中で透かし見ているかのようにぼやけていた。


「失われつつある、最後の魔力を使ってこの影武者を作っておいたのは正解でしたね。これは魔法体といって、実体はまた別にあるんですよ。それにしても……嗚呼、本当に残念です」


「この……ちくしょう!」


 レッジはフィンから銃をもぎ取り、会心の笑みを浮かべるジェッキンゲンの顔目がけて銃を乱射した。弾は雲の中を貫通するかのようにすべてすり抜け、天井や壁に当たって跳ね返された。

 その瞬間、ジェッキンゲンの姿は完全に消え失せ、レッジとフィンの中にあったわずかな希望も完全に絶たれた。レッジは窓に映る夕空を見上げ、その美しい光景が冥土の土産になってしまうことを悔やみはしたが、心はそう沈んではいなかった。


「やれるだけのことはやったさ」


 フィンの震える肩を抱き寄せながら、レッジが静かに声をかけた。フィンの目にいっぱいの涙が溜まり、頬を伝ってレッジの肩に流れ落ちた。


「あとは……アーチャたちが何とかしてくれる」


 フィンはレッジの肩に顔をうずめて幾度もうなずいた。


「きっと変えられるよね……こんな世界でも……明るい未来に変えられるんだよね」


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