十八章 真紅の戦い 2
「さあ戦士たち、各々の力を駆使し、ヒト族から何もかもを奪い去るのです。イクシム族よ、その銃弾にも耐えられる強固な体でヒト族を押し潰し、己の強さをしかと見せしめよ。ノッツ族よ、地に殺意のイバラを這わせ、ヒト族の意思から自由を奪い、バラのトゲで殺傷せよ。ギービー族よ、切り落とされた首を天へ掲げ、死して尚、苦しみと悲しみを死者に与えよ。そしてゴーレム族よ、その従順なまでの意思で我の願いを聞き入れよ……北のアジトに身を隠すジャーニス・アグシールの娘、カエマ・アグシールを、私の元へ」
心の声はここで途切れた。アンジとシャヌは顔を見合わせ、同時にアジトを振り返った。二人とも、なぜグランモニカがカエマを狙うのか、その目的がさっぱり理解できない、といった困惑の表情を浮かべていた。
その時、立て続けに二度の爆発音が大きな振動と共に轟いた。アンジはシャヌの腕を引っ張り、かなり強引にこちらを振り向かせた。シャヌは遠くの空で立ち上る黒煙とアンジの真剣な眼差しの両方を目にして、いささか驚いたようだった。
「シャヌ、よく聞いてくれ。アーチャはジャーグ族の血で目覚め、両親のカタキを討つために軍隊と戦ってる。あいつの暴走を止められるのはシャヌだけだ。シャヌなら絶対にできるって、そんな気がするんだ。だから頼む、アーチャをアーチャ自身の中から救い出してやってくれ」
シャヌはアンジの言葉を理解するのにわずかな時間を要したが、やがて大きくうなずくと、それに続いて翼が美しく上下した。
「アーチャが前に言ってくれた。私に救われる命があるって……その時を待ってるって……私、アーチャを助けたい!」
翼が柔らかに羽ばたき、残照を受けてオレンジ色にきらめいた。アンジの頭上で風が巻き起こったかと思うと、シャヌの両足はもう地を離れていた。
「中のみんなをお願い。私、きっとアーチャを連れて戻ってくるから」
シャヌが西の空へ飛び立った直後、また爆発が起こった。アンジは、熱を帯びた赤い閃光と濃い黒煙を背に、大型の戦闘機から落下傘兵が次々と町へ降下していく光景を目にした。アジトからはまだかなり遠い場所だが、油断はできそうにない。ゴーレム族が一致団結してこちらに向かってくる、その重たい足音が地響きとなって今にも聞こえてきそうだった。
アンジは急いでアジトの扉を押し開け、中に飛び込んだ。“拾い物”によって雑然とした部屋は不安と恐怖の表情で溢れ、そのどれもが一斉にアンジを見つめる結果となった。
「一体町では何が起こってるんだ?」
出し抜けにレッジが質問を投じた。
「アーチャは一緒じゃないの?」
マニカが震える声でレッジに続いた。このままだと呼吸する余裕さえないほどの質問攻めに遭うと確信したアンジは、みんなを落ち着かせようと大声を出しながら腕を振り上げ、詰め寄ってくる錯乱気味の表情たちをその場に沈黙させた。
「心の中で女の声を聞いた奴は? 誰かいるか?」
これまでの借りを返さんとばかりにアンジが質問した。みんな互いの顔を覗き見ては、アンジに向かってかぶりを振った。
「だったら移動しながら話す。ここは危険だし、時間がねえんだ」
アンジは部屋の奥に回り込み、床に散乱する首なしの人形やら、壊れたメガネやらを踏み越え、全員をアジトの外へと追い立てた。それからカエマを背負い、黙って俺について来いと言わんばかりに手招きし、アジトの裏を回るようにして北に広がる荒野を目指して走った。そこは、アンジの一回りも二回りも大きな岩がゴロゴロ転がっていて、身を隠すのには最適な場所だと言えた。
岩場まであと数百メートルというところで、アンジは走るペースを極端に下げ、今までに起こったことを簡潔に説明した。ジェッキンゲンのこと、軍隊が来襲したこと、海底に住む人魚のグランモニカがドレイたちに発破をかけ、今兵士たちと戦っていること、そのグランモニカがなぜかカエマを狙っていること(アンジの首根っこにしがみつくカエマの手に、わずかな力が加わった)。じいさんがみんなに追いついたのは、アーチャの身に起こったことを話し終えた直後だった。
だが結局、その話の内容に関して、アンジは誰の感想も得ることができなかった。すぐ前方にムーンホールが出現し、そこからユイツの体がぬっと現れたのだ。
「止まるんだ」
行く手を阻むように直立しながら、ユイツはそれだけを言った。一行は言われるがままに足を止め、怪訝そうにユイツを見た。
「そこをどけよ。寝ぼけてんのか?」
アンジは苛立たしげに言った。ユイツはわずかに前進し、その悲しみを帯びたような表情でアンジを見つめた。
「寝ぼけてなんかいない。ただ、僕の頼みを聞いてほしいだけだ」
その毅然とした態度と口調から、どうやらそこをどくつもりはないらしい。
「頼みなら後でゆっくり聞いてやるよ。今はそれどころじゃな……」
「今だ! 今すぐにだ!」
アンジとユイツの間を吹き抜けた強い風が砂をさらって宙へ舞い上げたので、二人の視界は一時的にさまたげられた。次にアンジが見たのは、すぐ目の前に立ち塞がるユイツの姿だった。
「その子を……カエマ・アグシールを僕に渡すんだ。グランモニカの所へ連れて行く」
アンジは耳を疑った。こんなにも唐突で理不尽な頼み事を聞いたのは生まれて初めてだった。
「聞き捨てなりませんね、ボーイ」
ファージニアスが華麗に踊り出た。レッジの凄みの利いた形相がそれに続いた。
「みなさんに手荒なまねはしたくありません。おとなしく渡してくださればそれでいいのです」
「お前、やっぱり軍の味方だったのか!」
レッジが吼えた。ユイツはアンジの肩越しにマニカの当惑しきった表情を覗き込み、説きつかせるような落ち着いた様子で首を振った。
「僕は時間と空間を正しい流れに修正する者。よって、僕はどちらの味方でもない」
またも背後で爆発が続き、アンジはその不吉な轟音に後押しされるように口を開いた。
「なぜグランモニカはカエマを狙うんだ?」
教えてもらってもカエマを手渡すつもりはなかったが、その答えを知りたかったのはアンジだけではない。それは本人であるカエマ自身が一番知りたかった真実だった。