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十八章  真紅の戦い  1

 空気を切り裂くような無数の発砲音が地上から鳴り響いた。宙に浮かぶ黄金の神殿と、その更に上空を舞うアーチャを狙って、兵士たちが軍から支給されたそのご自慢の銃で発砲を始めたらしい。しかし、翼が風を煽って大きく羽ばたくだけで、アーチャの急所を見定めて飛来してきたその弾丸たちは、何も出来ぬままその役目を終えた。

 西から迫り来る戦闘機群は徐々にその輪郭を明瞭にし、逆光の中を低い轟音と共に突き進んで来る。神殿がアジトのある方角へゆっくりと移動する間、アーチャは思いに耽り込み、軍が来襲する様子をただじっと見つめていた。


「戦うこと以外の解決策はないのか?」


 弾丸が頭上を飛び越えていく中、アンジがグランモニカに詰め寄った。グランモニカの青い瞳が静かにアンジを見据えていた。


「あなたもイクシム族なら分かるでしょう、アンジ。世界荒廃の元凶がヒト族にあり、彼らの暴走を止められるのが私たち以外に存在しないことくらい。私の考えでは、ヒト族の腐敗した心を改心させる手段など皆無に等しい。ならば、打ち滅ぼすまでです」


「そうして、ヒト族に代わって世界を支配しようって魂胆か」


 アンジは吐き捨てるように言い放った。グランモニカの眼がゆっくりと瞬いた。


「あんたもジェッキンゲンと一緒じゃねえか。それじゃあ解決はできても、そこから何も生まれやしない。また同じことの繰り返しだ」


「随分とおかしなことを言うんですね」


 グランモニカの口角から牙が突き上がった。


「ならばヒト族の肩を持つがいい。ですが、ここにいる者たちはそんなあなたの考えを受け入れてはくれませんよ。彼らの瞳をよくご覧なさい。結束した闘争心と絶対の復讐心に燃えるあの瞳を」


 アンジは神殿の至る所を見回した。イクシム族、ゴーレム族、ノッツ族、ギービー族……西日に照らし出されるその表情はどれもが勇ましく、揺るぎないヒト族への怒りを憎悪と共にたぎらせていた。

 アンジはたそがれの空を見上げた。遥か上空で翼だけを動かし、じっと動かずに西の海岸線を見つめるアーチャの姿がそこにあった。アーチャが今何を思い、考え、想像しているのか、アンジにはよく分かっていた。


「あいつの気持ちも、みんなの気持ちも、俺は十分承知してるつもりだ……」


 遠ざかっていくアーチャの後ろ姿からグランモニカに視線を移しながら、アンジは整理の行き届いた心持ちとしっかりとした語調でそう言った。


「だからこそ止めたいんだ。戦争では何も生まれないということを、気付かせてやりたいんだ。そして俺たちは、種族という概念をかなぐり捨てて、これからを共存すべきだ……それしか解決の方法はない」


 グランモニカは何か言おうと身を乗り出したが、空を見上げたまま硬直した。次いで神殿の隅々からどよめき声が上がり、やはりそれぞれが空を見上げた。遠くの方から轟音が聞こえてきた時、アンジはやっとみんなが何を見つめていたのかを知った。それは西日を背にして空を駆け抜けてくる、鋼鉄の戦闘機群だった。恐ろしいほどの数でオレンジ色の空を埋め尽くしている。


「地上へ降り立った時、幾千の歴史上において最も残酷な戦いが幕を開けるだろう」


 神殿の高度が少しずつ下がっていく中、アンジの心はグランモニカの声を捉えていた。戦士たちの瞳は夕陽の赤い射光に照らされてより激しく燃え上がり、今にも神殿から飛び降りて兵士たちに立ち向かわんばかりだった。


「地上を支配してきたヒト族の長き時代は今日で終わり、彼らに明日はない。血の力の限りを尽くし、戦いの向こう側にある栄華を見極めよ。悪しきヒト族を根絶やしにし、世界の頂点に君臨すべきは誰かを答えよ。さあ、戦士たち、戦いの準備を」


 神殿が完全に地上へ降り立った瞬間、アンジはグランモニカに背を向け、脱兎のごとく階段を駆け下り、グレア・レヴの地へと足を踏み込んだ。そこはアジトと町の中程にある荒地だった。雑草がまばらに茂り、枯れ木がしなびた枝を伸ばしてそよ風にさらしている。アンジが走り出した瞬間、耳をつんざくような爆音が辺りに響き渡った。振り返ると、空中からもうもうと黒煙が立ち上り、煙を尾にして鉄製の残骸が地上へ向かって降り注いでいた。戦闘機が木っ端微塵に吹き飛ばされたに違いない。別の戦闘機がその黒煙の脇をさっそうとすり抜け、次々と町の上空に姿を現した。


「アーチャ……ちくしょう」


 アンジは確信した。戦闘機を空中で爆破させたのはアーチャに違いないと。そして、ジャーグ族の血によって目覚めたアーチャは、もう今までのアーチャなのではないと……。


「アンジ!」


 アジトが目の前に迫ってきた時、前方からシャヌの声が聞こえた。アジトを背に、不安げな面持ちでアンジに向かって手を振っているシャヌの姿が見えた。おそらく、アーチャとアンジの帰りを心待ちにしていたのだろう。


「アーチャは? アーチャはどこなの?」


 膝に手を置いて苦しそうに呼吸を繰り返すアンジの顔を覗き込みながら、シャヌが急かすように聞いた。アンジは首を横に振った。


「あいつはもうアーチャじゃない。いや……グランモニカに洗脳されて、みんながおかしくなっちまってる!」


 その時だ。グランモニカの声がぼんやりと心の中で響き渡った。


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