十七章 闇の中の答え 6
「これは一体どういうことなんだ? なぜドレイたちが暴走してる?」
「グランモニカが発破をかけやがったんだ」
アンジは興奮気味に答えた。
「お前と別れた後、俺は真っ先にこの作業場へ向かった。作りかけだった神殿のことも気になってたしな。中に入ると、ドレイから兵士まで、全員がここに集まってた。この神殿の頂上にグランモニカが座っていて、みんなに向かってこの神殿のことを話していた。俺はドレイたちに紛れ込んで隙を窺い、機会を見計らって遺跡の階段を駆け上がった。そして、グランモニカに地上で起こったことを全部話した。フラッシュのこと、ゼルの言っていたジャーグ族復活のこと、ザイナ・ドロ将軍が行方不明になってること……とにかく全部だ」
アンジは早口で一気に説明し、一呼吸置くと、また続けた。
「ドレイたちだけじゃなく、兵士たちでさえグランモニカの力に屈服しているようだった。兵士って言ったって、ただのヒト族だ。あの魔力の前じゃビビって何もできやしない。俺はグランモニカと顔見知りだったし、あの人は俺の言うことを信じてくれたみたいだった。その後は見てのとおりだ」
アンジは眼下で戦闘を繰り広げるドレイたちを見回した。
「グランモニカがみんなに話してた神殿のことって何なんだ?」
アーチャが聞くと、アンジは腕を組んで記憶を辿った。
「途中からでよく分かんねえけど、確か……この神殿を地上へ浮上させるだか、魔力を開放させるだか……そんな感じだったぜ」
「そのとおりです」
背後からグランモニカの声がして、二人は同時に振り向いた。グランモニカのすべてを見透かすような瞳が、二人をじっと見つめて離さなかった。
「先日、あなたたちを地上へ送り届けて間もなく、私は察しました。ヒト族と決着をつけなければならない時が来たのだと」
グランモニカがまとう繊細な衣が、黄金の床の輝きに反射してキラリと光った。
「教えてくれないか? この神殿のこと、今までのこと、これからのこと……」
「いいでしょう」
グランモニカは、アーチャの要望に素直に応じてくれた。
「ですが、時間がありませんので簡潔にお話します」
二人は、兵士たちの叫び声やけたたましいまでの騒音から逃れるようにしてグランモニカの所まで歩み寄り、その小さく澄み切った声を一言も聞き漏らすまいと耳をそばだてた。
「ジェッキンゲン率いる軍隊が、私たちの住処であるこの海底洞窟を占領したのは二年以上前のことです。ジェッキンゲンはまず、世界各地から多くの血族をここに集め、ドレイとし、日夜働かせました。無論、この神殿を完成させるために。彼がこの海底に目をつけた理由は、魔力の結晶体であるアクアマリンの奪取と、この私を自分の計画に利用しようと目論んだからです」
「あいつの計画って何なんだ?」
アンジが聞いた。
「求めもしないのに、彼は私に色々と話して聞かせてくれました。未来を変えるためにこの時代へ来たこと。世界を支配することで、その目的が成されること……そして、つい先日、ザイナ・ドロ将軍を殺したこと」
アーチャの眉間にしわが寄った。アンジは何か言おうと口を開いたが、言葉は出てこなかった。
「ジェッキンゲンの野望において、ドロ将軍の存在は邪魔だったようです。全世界を手中に収めるにあたり、自分一人の力だけで十分だと考えたのでしょう。現に、地球上の生き物を死滅させんばかりの凶悪な殺戮機械がついに完成したのです」
「多くの生体実験を繰り返したっていう、あの機械のことか?」
アンジはすかさず聞いた。グランモニカはゆっくりとうなずいた。
「ですが、厳密には未完成と言えるでしょう。マイラ族であるシャヌが海底から連れ出され、その強大な魔力が注ぎ込まれることはなかった……そればかりか、地下に封印されていたジャーグ族の力さえも肩透かしに終わり、牢屋に閉じ込めていたジャーグ族の復活さえ阻止された。そもそも、フラッシュを使って封印を解こうなど、哀れな発想です。ジェッキンゲンはおそらく、それほどに焦っていたのでしょうね」
喋り疲れたのか、グランモニカは大きく深呼吸を繰り返し、束の間の休息を得た。
「この神殿は、ジェッキンゲンの虚しい産物とも言えるでしょう」
グランモニカは唐突に話を再開させた。
「彼は、ドレイたちに神殿を作らせる際、未完成だったこの神殿にある仕掛けを施しました。悲しみや、苦しみ、痛み、悩み、絶望感、恐怖感、悲愴感……私たちの心の中に生まれるそれらの闇を、この神殿の内部に蓄積できるように魔法をかけたのです。多くの種族が存在するこの世界において、最強の血族として君臨すべきはヒト族であると主張するために……そして、闇の力を解放し、世界を恐怖で支配するために、ジェッキンゲンはこの神殿をドレイたちに作らせた」
「あんなナルシストに、そう易々と世界を支配されてたまるかよ」
アーチャは牙を剥き出しにしていきり立った。グランモニカは、そんなアーチャの怒りを静めるような柔らかな眼差しでこちらを見据えた。
「私はジェッキンゲンの野望を阻止するため、この神殿を奪い、ドレイたちの心に語りかけた。何が正しいのか、誰が敵なのかを再び思い出させるために。よって、彼らはもうドレイではない。ヒト族と戦うために生まれ変わった戦士なのです。……アーチャ、そしてアンジ。私たちと共にヒト族と戦いましょう。この美しき世界を、そして、私たちの歩むべき未来を破壊したヒト族に、私たちの力を見せつけてやりましょう」
「おい、ちょっと待ってくれ……」
アンジが反論しようとしたその時、足場が低い音を立てて上下に大きく揺れ動いた。アンジは口も利けぬまま床に這いつくばり、頭の上に手を置いてヒーヒー言った。
「子供たちはここに留まり、哀れなヒト族に最後の制裁を与えなさい。生かすも殺すも、あなたたちにお任せします。……さあ、戦士たち。私と共に地上へ参りましょう」
アーチャは心の中でグランモニカの声を感じた。おそらくアーチャだけではない。その場にいるドレイ全員の心にも響き渡っていたのだろう。ドレイたちは互いに手を取り合い、この強い振動に振り落とされないよう、神殿の至る所にしっかりとしがみつき、グランモニカの言葉に従った。
「聞こえますか、アーチャ?」
グランモニカの声が再びアーチャの心に語りかけてきた。
「私の反逆を知ったジェッキンゲンは、既に多くの軍隊を丸め込み、動き始めています。行きましょう、グレア・レヴへ……いえ、あなたの故郷へ」
その瞬間、ジャーグ族の血が興奮と喜びで全身を駆け巡り、アーチャをかつてないほどに勇み立たせた。有り余る力を解放できる快感、血に飢えた体が発する底無しの欲望、断末魔の叫び声を源とする究極の生命力。
今や、アーチャの感情は爆発寸前だ。
「俺は、ヒト族に殺された両親と仲間たちのカタキを討つ……行こう、グランモニカ」
足場が一際大きく振動し、遂に神殿が宙を浮いた。目を開けていられないほどの白い光に包み込まれると、黄金の神殿は音も立てずに海底の作業場から消滅した。
足元の揺れが唐突におさまった時、夕暮れ時のオレンジ色に染まる空が頭上を支配していた。眼下に見えるのは巨大クレーターの残るスラム街で、アリのように黒くて小さな兵士たちが、群れを成してごそごそと動き回っているのがかろうじて確認できる。アーチャはそこから更に上空へ向かって飛び立ち、西日の射し込む遥か遠くの海岸線をじっと見つめた。
細い筋状の雲の切れ目からこちらに向かって突き進んでくるのは、空を埋め尽くさんばかりの漆黒の戦闘機群だった。
「来い、ジェッキンゲン。俺がすべてを終わらせてやる」