十七章 闇の中の答え 4
気付くと、白く輝くスクリーンの前に誰かが立っていた。アーチャが鏡の中で見たジャーグ族の男が……いや、もう一人のアーチャが、そこに立っていた。
「君は……俺だったのか」
アーチャは感情のない声で言った。こちらを見つめ返すその青い瞳が、スクリーンから放たれる光の中でぼんやりと輝いていた。
「ようやく分かってくれたみたいだな、俺」
もう一人のアーチャが、アーチャの声でそう言った。アーチャはおぼつかなげにクラクラと立ち上がり、小さくうなずいた。
「俺たち、また一人に戻らなくちゃいけないのか?」
アーチャが聞いた。
「だろうな」
もう一人のアーチャが答えた。
「無論、人格がどっちになるのかは分からねえ。俺か、それともお前か。もしくはその両方か、もしくはそのどちらでもないか……」
アーチャは低くうなだれたが、すべてを了承したようにまた顔を上げた。
「俺が俺でなくなる前に、教えてくれないか? 俺たちのこと、ジャーグ族のこと」
もう一人のアーチャはしばらくアーチャを見つめ続けたが、やがてしっかりとうなずいた。
「ずっとずっと……もう何百年も前の話だ。俺たちジャーグ族の祖先は、マイラ族と浮遊島で共存していた。けど、少しずつ力と邪悪さを増していくジャーグ族を、マイラ族は段々と恐れるようになった。結果、ジャーグ族は地上へ追放された」
「どうしてジャーグ族が?」
アーチャは即座に聞いた。
「当時は、その数も力も、マイラ族がジャーグ族を上回っていたからさ。いや、正確には、上回っていたからこそ、ジャーグ族の急速な成長に脅かされ、追放することを選んだんだ。支配される側でなく、支配する側で存在していたいがためにな」
「ずいぶんと理不尽だな」
アーチャは言ったが、もう一人のアーチャは首を振った。
「いや、一概にそうとは言えない。なぜなら、ジャーグ族も気付いていたんだ。自分たちの体に宿る力がどれほど邪悪で、おぞましいのかを。だから素直にマイラ族に従い、彼らは地上で生きることを選んだ。そうして、その力を地下深くに封じ込め、普段はヒト族の姿でいるようにし、外界に自分たちがジャーグ族であることを悟られないためにひっそりと暮らしていった。……そしてその無名の地は、後にこう名付けられた……グレア・レヴ、と」
「そうか!」
アーチャは弱々しく指を鳴らした。
「ジェッキンゲンがフラッシュを使って街を攻撃した……地下に眠るジャーグ族の力を復活させるために。奴がそのことを知っていたのは、未来の世界で時空連盟に勤めていたから」
もう一人のアーチャは、自分の頭の冴えっぷりにやたらと感心して何度もうなずいていた。
「俺とお前が分離した後、お前の見聞きしていることがなぜだか俺にも伝わった。これは俺にとって幸運だった。俺はそのおかげで人格を失わずに済んだんだからな。そしてその人格に関しては、お前もかなり幸運だった」
「俺も?」
アーチャはすっとんきょうな声を出した。
「ジェッキンゲンの魔力が弱まっているおかげで、俺たちはこうして面と向かって話すことができるんだ。そうでなければ、お前はまたいつものように意識を失い、記憶を忘却させていただろうさ。しかもお前の怒りは、ほんの一時的だが、俺の人格を完全に取り戻させることもできた。ジングをやっつけることができたのも、そのおかげだ」
「魔力が弱まってるって、どういうことなんだ? やっぱりあいつは魔族じゃなかったのか?」
もう一人のアーチャは鋭い牙を見せつけてニヤリと笑った。
「あいつが魔族じゃないのは、弟のファージニアスを見れば分かるだろう。あいつは、お前の仲間だったピゲ族の三人と同じ手を使って魔力を手に入れてたんだ」
アーチャはすぐさまピンときた。
「マイラ族の翼か」
もう一人のアーチャは力強くうなずいた。
「ジェッキンゲンは定期的にシャヌの翼から羽を抜き取り、我が物にしていた。けど、お前があいつの元からシャヌを引き離したことで、その力は徐々に弱まり始めた。一度は帰ってきたものの、薄れ始めていた魔力を完全な状態へ戻すまでには至らなかった」
「シャヌには申し訳ないけど、いっぺんにたくさん抜いちまえば良かったんじゃないのか?」
もう一人のアーチャは鼻で笑い、やれやれといった調子で再び説明を始めた。
「お前、目の前で見たじゃないか。ピゲ族がマイラ族の強力な魔力に耐え切れず、あっという間に朽ちていくあの様を。発狂して暴れ回り、骨だけになって死んでいったあの様を。ただでさえ魔力には耐えられない小さな体なのに、バカみたいに欲張るからあんな結果になってしまったんだ。まあ、欲張りという点では、ジェッキンゲンも負けず劣らずだけどな。……さて、と。立ち話はここまでだ」
アーチャの中に再び緊張感が戻りつつあった。この数分間、もう一人の自分を相手に冷静な態度と面持ちで会話をしていた自分が、とても信じられなかった。
「そうか……俺たち、一人に戻るんだったよな」
すっかり気落ちした様子のアーチャに向かって、もう一人のアーチャが同情するような表情でため息を漏らした。
「自分が自分でなくなるってのは、死に値する恐怖かもしれない。けど、お前が本当のお前に戻るには、これしか方法がないんだ。お前はずっと“答え”を探していたんじゃないのか、アーチャ?」
アーチャは黙りこくってうなずいた。
「……俺の求めていた答えは、君だった。俺たちが元の一人になることで、その答えは完結する……だったら、やってやるさ。俺はもう迷わない。その答えってやつを、最後まで見届けてやるんだ」
二人は互いの目を見つめたまま同時にうなずいた。そして、そうすべきだと分かっていたかのように、アーチャとアーチャは手を取り合い、しっかりと握った。二人を結ぶ接点から強い光が放たれ、それが熱に変わると、そこはもう元いた薄暗い牢屋だった。
アーチャは半ば呆然として周囲を見回し、そこに自分一人しかいないことを再確認した。