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第1話 起きたら知らない世界だったんだがどう思う?

 つむっている瞼を突き抜け、自分の網膜を知っている何かが刺激する

 その感覚が一気に僕の意識を覚醒させ始め、忘れかけていた呼吸を久方ぶりに行った

 

「ぷっあ!」

 

 一呼吸で今までしたことないほどに大きく息を吸い込み、体をその反動で少しはねさせると

 急に空気を大量に吸い込むんだことで、いらない物まで器官に入り込んで、軽くむせながら上体を起こした


「げっほ!げほっげほっ!・・・・っあ・・・はぁ、はぁ・・・・」


 苦しくて喉元を両手で抑えて、入った異物をが全て外に出し、吐き出した空気の分、今度はむせないよう、ゆっくりと息を吸い込んだ

 乱れた呼吸を整えるために、自分を落ち着けるように胸に手を当てながら、肩を上下させる

 しばらくそうやって・・・・・


「ああ、死ぬかと思った・・・・」


 息を吐くように呟いた

 やばかったと思う、むせ方がひどくて、本気でこのまま死んでしまうのかとかと感じた

 冷たい風が、今自分がいる路地を、少々かいた冷や汗を乾かすように通り抜ける

 その風は思いもよらない突然の出来事に、冷静になれずにいた僕の頭を冷やし、落ち着かせて


「・・・・・あれ?」

 

 正常な判断力を取り戻した脳が、まるで視界を曇らせる霧を見つけたように一つの疑問を浮かばせて、声を出した

 何が起きどうなったのかを、ゆっくりと時間を巻き戻していくように思いだしていく

 気を失った、光が消えていった、感覚を失っていった、大型のトラックが・・・・

 モヤをかき消して、頭に浮かんできた景色、鮮明に脳にこびりついたその景色はーーー


「あれ?僕、死んだんじゃ・・・・」


 思い出してそうつぶやくと、あの瞬間の膨大な量の情報が、急激に僕を襲い始めた

 苦痛に顔を歪ませて、ついうめき声が漏れる


「っ!」


 頭のなかで情報の処理が終わり、ゆっくりと浮かんでくる、戦慄してしまいそうな情景


「ちょ、待て・・・」


 まだ空中をさまよっている自分に迫る、圧力という名の重量を背負った大型のトラックと、クラクションの音


 僕の体から思い出していくたびに、うっすらとおかしな汗が、全身の肌穴から吹き出てくる

 

「いや、思い出さなくていいから・・・・」


 僕の想いなど、自分にとって身の程に合わない人へしてしまったの恋のように虚しく、虚空に消えて行き、無情なほどにーーー


 残酷に、明瞭に、鮮明に、その瞬間をーーーー


「ぐっ・・・・・、あっ・・・・」


 心臓の鼓動が高鳴る、高揚感など微塵も感じさせない、ゆっくりと回数と音量を上げていくそれは、おそらくは理解するなと、五体全てで拒否していたのだろう

 それでも一度機能してしまえば、工場で行われる単純作業のように無意識下で答えへとたどり着いた頭が

 

 死の瞬間を思い出させる


「うっ、おえぇ!・・・・うぇえ!」


 徐々に鈍感になっていく五感、最後の瞬間まで、馬鹿みたいに焦点のぶれている視界、死の宣告のように、断末魔のようなうるさい耳鳴りが、聞こえてくる。感じてしまう

 最低なほどに冷酷なその光景が浮かべば、体の中から喉を伝わって変なものが溢れてきそうになって、慌てて口を両手で塞いだ

 僕の嗚咽が、レンガの建物で囲われた路地裏に響いて消えていく

 

「思い出すな・・・・・。それはダメだ・・・・」


 苦しい声でそう声を出した、頭の中でただ言い聞かせるだけでは止まれない自分に向かって

 経験したからこそわかる、アレは、知っていてはいけない感覚だ

 忘れなければ狂わされてしまうような、自分を根っこから壊しかねない悪魔の記憶だ


 右手で胸ぐらを、左手で自分の黒い髪を鷲掴みにして、締め付ける


「落ち着け・・・・。忘れろ、思い出すな・・・・・!


 言葉で伝わらないなら、体で、痛みで直接教えてやる

 痛いだろ!?そうだ!そっちに意識を回せよ!

 まるでもう一人の自分と対話している、二重人格の人間のようだ

 息を止めて、奥歯を噛み潰さんばかりに食いしばって、胸と髪を握る両手に再び力を込めた

 

「・・・・・よし、忘れた」


 一つ、息をついて、両手から力を抜くのと同時に言い切る

 もちろん、言葉の通り忘れたわけではない

 あの体験は、そこまで簡単に忘れられるようなものではないのだから

 だからこその対処法は、気にしないようにすること、記憶を無視すること

 

「まぁ・・・、現実逃避なら慣れてるからな」


 今日の朝も盛大にやってやったからな、と、誰か見ているわけでもないのに無理やりに自嘲気味とも言える笑みを浮かべた

 笑顔はストレスを軽減させるらしいから、正解といえば正しい行動なのだが、もちろん今の僕にはそんなことを考えている余裕などなかった

 額についた汗を、中学校の学ランの裾で拭って、ベッタリとそこに張り付いた汗に苦笑いを浮かべたあと


 おそらくは自分の鮮血であったであろう紅色の液体で、びっしりと前が汚れている自分の学ランを見下ろして


「で、なんで僕はここんな場所にいるんだ?」


 そう疑問を口にした

 乾いて既に固まった血は、自分に起きた真実を語っているようで、僕は目をそらすようにして周りを見渡し始める

 

 レンガで作られた建物のおそらくは壁面、それに挟まれているこの場所はおそらくは路地裏

 少なくとも、僕の知らない、今まで訪れたことのない場所だった

 レンガの端に付着しているカビも、レンガが敷き詰められたこの地面の感覚も、日本生まれの僕にはどちらも体験することのないものだ

 日本に住んでてもそれらしきアトラクションに行けば知っていただろうが、何分友達が少ない僕はほとんどそのようなイベントとは無縁だったため、あまり知識がない

 そう、一人でいたわけでは決してない、友達は少ないほうだっただけだ

 

 まぁ、今はそんなことはどうでもいい、今考えなければいけないことは友達の作り方などではなく、なぜ生きているのか、なんでこんないつかテレビでみた、ヨーロッパの路地裏みたいなところにいるのか

 ・・・・・なんか自分で言ってて意味わかんなくなってきたな

 何だこの状況はと、不思議な状況に不意に後頭部を掻く

 

「・・・・・考えるべきは、ここにいる理由か」


 なんで生きてるのかって所も気になってはいるのだが、その件に関しては思い出すと嫌なものまで蘇ってきそうなので、優先的に保留にしておく

 とりあえず考える道筋が決まったので、あぐらをかいて腕を組み、思考を働かせていく

 

「まずはなんでこんなところに連れてこられた、ってか、いるのかって話だが・・・・・、多分って言うか、十中八九美来のせいな気がする僕は大丈夫か?」


 ここにいる理由を考えて、頭に最初に浮かんだのは我が妹の笑顔だった

 なんでそこでその顔が浮かんだのか、簡単だ、あいつが僕の知ってるやつの中で一番おかしいからだ

 思い浮かんだ頭が痛くなってしまうような一つの結論に、顔を落としてこめかみをもんだ

 

 僕の妹ははっきり言ってクレイジーだ

 妹にクレイジーというルビを振ってクレイジーと表現してもおかしくないほどに

 例えばの話、もし目の前に木魚があったとして、お坊さんにこれを叩いてくれと言われたとしよう、普通の人は素直に木魚を叩くだろうが、うちのクレイジーだったらその坊さんの頭を叩くだろう

 誰が見たって予想外、斜め上の行動を取るのが僕の妹


「発想力豊かでよろしいと、兄としては喜ぶところなのか・・・・・?」


 そこまで意味のない方向に思考を巡らせてから、やっと話題がそれていたことに気づく

 まとめると、僕は今のところ妹が一番怪しいと思っているわけだ

 いきなりこんなよくわからない場所に連れてくるなんて、正気の沙汰とは思えない

 呆れたくなるのような話に息をつきながらも、他に誰かそんな事をするやつはいないかと・・・・

 一人思い当たるやつがいた

 

「そういや、あいつちょっと・・・・、いや、結構変だったな」


 学校への登校だというのに、おかしなことにイヤホンをつけて、渡ってはいけない状態の横断歩道に、風と共にさっそうと現れた少女

 今思えばおかしな話だ、大体、トラックのクラクションが横から響いて、直前まで接近しているのだから、風圧やら何かが当たって、普通ならば気づくだろうに

 しかもあの少女、助けられたあとも全く動揺していなかった

 それどころか、既に狂気とさえ呼べてくる、状況に全く似合わない笑みを浮かべて、あろうことか手を降ってきやがったのだ

 

 もう確定だ、犯人あいつだわ

 分かりやすすぎる伏線を回収すると、腕を組んで呆れ顔を浮かべた

 太陽の陽の位置が少し変わって、何もない路地裏に差し込む光が、まるで悟りを開いたどっかのお坊さんを照らすかのように、僕の顔にかかった

 

 明らかに意図がありそうなあれは、犯人を決定づける証拠としては十分だった

 だとするならば、問題は・・・・・


「いや、対処法とかないかもしれん」


 考え始めて一秒も立たないうちに、真実という名の答えにたどり着いて、すぐに思考を放棄した

 先程僕の妹の話をしたが、おそらくあの少女もこの部類に入る人物だろう

 血を垂らしながら苦しんでる人間を見て、平静を保っていられるのは、幾つもの修羅場をくぐり抜けてきた軍人か、頭のおかしいやつぐらいなものだ

 戦争に駆り出されてそんな光景を見てきた軍人ですらも、殆どの人間がやんでしまって頭がおかしくなるという、いつだったか、もう頭の天辺から禿げ上がってきていた自称アラサーの学校の先生が、そんなことを言っていたのを不意に思い出した

 なるほど、じゃあどちらにせよ、あの女は狂っているわけだ

 

 後ろ姿だが、自分があんな目になった発端を思い出すと、ふつふつと、あの態度に関して怒りが湧いて来た

 ただ、頭のおかしいやつならばしょうがないかと、仕方ないなとため息を付いてすぐに納得する

 

 どうしようもないのだ、頭のおかしいやつというのは

 

 クレイジーっていうのは、僕らには理解できない、凡人を行く僕のような存在には理解できないからこそ、そう言われているのだと思う

 かの相対性理論とか言う、物理学だかなんだかで有名なアインシュタインも、その天才的な、珍妙な思考を持っているがために、一部では頭のおかしいもの、クレイジーなやつだと言われていたらしい

 つまりは、たとえあの少女が生粋の馬鹿であろうが、逆に非凡な才能を持つ天才であろうが、明らかにネジのぶっ飛んだ行動一つ行ったあの少女のことは、平凡な脳しか持ち合わせていない僕にはわからないのである

 

 簡単に言うと、考えるだけ無駄ってことだ


「てことはマジでここが意味のわからん場所って可能性もあるな。なんなら異国の戦地・・・・・、ってのは流石にねぇだろうが」


 レンガで緻密に作られた、目立った外傷の見当たらない建物を見て独り言をつぶやいた


「だがここがなんかしらん民族とかの国っていう可能性は大いにあるな」


 相変わらずこの場所に自分が連れてこられた理由はわからないままだが、いや、そもそも意味なんてものがない可能性すらあるが、ここが自分の知らない何処かであるということは、両端にあるレンガ造りの建物という少ない情報からも、なんとなく、雰囲気から読み取ることができた

 

 まぁそんなことがわかっても、今この状況を把握するには、足りなすぎるのだが


 もし知らん民族の国とかだったら、言葉が伝わらないし、その民族の習慣を知らないから、うっかり逆鱗に触れてしまいかねない

 そうなってしまうと、後のことは正直どうなるかなんてわからない

 いきなりウホウホ言ってる北京原人的な人に、やりとか投げられても文句なんて言えない状況だ

 なんなら即死ルート確定まである

 

 そんな風に考えて、黒い学ランのズボンを指で弄くり始めたときだった


『ーーーーー路地をでろ』


「あ?」


 不意に命令口調な、妙に癇に障る声が聞こえた

 いや、正確には頭に直接響いた

 耳の鼓膜を振動させて伝わるでもなく、頭に意思のような、ふわっとした名状しがたいイメージが浮かんだ

 不思議がるように壁と壁の間から覗く、青々とした綺麗な空を見上げる

 

 なんだ、これ・・・・・


 最初に浮かんだのはそんなどうしようもない感情だった

 こんなの今まであっただろうか?

 いや、空耳とかならたまに聞いたことがあったが・・・・それとおんなじか?

 感情から思考に変わり、思考は疑問へと変わり、疑問から何が起こったかの把握に変わると 

 

「いや、なにこれ!?」


 最後には叫びとなった

 大声を上げるとともに勢い良く立ち上がって、感じた貧血のような立ちくらみに少しよろめき、右足を出して踏みとどまる

 うつむいた自分の顔の前髪を片手でかきあげながら、こげ茶色と薄茶色のブロックを、目を丸くして見つめた

 わけがわからなかった、その一言で今の僕の感情などは簡単に言い表せる

 

 声が聞こえた、頭に直接、全くもって意味の分からない状況だ

 空耳とは明らかに違う、はっきりとした、意思を感じた

 その意志が何かは分からないが、見えない何かと直接対話しているような、そんな錯覚に襲われる


 すぐに頭に当然のように浮かんだのは、あの茶髪ポニーテールの後ろ姿、風に舞う桜の花びらとともに、唐突に現れたあの理解しがたい、アインシュタインもどき


「あのキチガイ女、一体何しやがった・・・・・・!」


 状況から見たら、これもあのKITIGAIのせいだろう

 

 僕の体に一体何が起きてんだ!?


 動揺しきって、意味もないのに既に何回も見回した路地裏に視線を右往左往させる

 理解しようとしても不可能、何が起きているのかさえも、答えへの道筋すら見つからない

 それでも知らない地へ気づけば捨てられていたこの状況に、実はかなりの不安を持っていた僕は、それでも答えを求め続ける


 何も聞こえない、答えるものなどこの路地裏にはいない、さっきの声すらも、無責任なことに返事をくれなかった

 おかしな鼓動を打ち始める心臓は、意識すると更に僕の心をかき乱す

 まるでここだけ違う世界となっているような、おとなしく暗い世界

 

 首を半回転させて、その世界から出るための、路地の出口を見る

 

「そうだな、・・・・外に出なきゃ何もわかんねぇしな」


 それにここにいるのもなんだか不安だと思った

 信じていいのかわからない、それどころか、普通に考えてなんとも信じがたい伝わり方をしたあの言葉に、奇しくも従わなければならない状況にある

 

 苦渋の表情を浮かべて、今度は体も出口に向き直すと


「よし、行くか」


 決意を固めたように、ツカツカと履いている革靴で軽快に音を立てながら、まっすぐに歩きだした

 体に当たる、自分の視界を占める陽の光が、進むに連れて徐々に増していく

 

 また自嘲気味の笑みを浮かべて


「どうせ出るしかねぇんだ、北京原人様でも、サイコ野郎の集合体でも、なんだって来やがれ」


 そういうのと同時に、外の世界への一歩踏み出した

 そして、一歩右足だけ踏み出した状態で、体と顔をこわばらせれば


「どこだ、ここは・・・・・」


 先程からわかりきっている、何度も口にしたつぶやきが漏れる

 北京原人でも、サイコな集団でもなんでもこいと思っていた、だが、否、これだけは予想外だったと言っていい

 先程よりも、更に大きく目を見開いて


「どちらの世界様だよ・・・・・、おい」


 サンサンと照り続ける太陽の光、眩しい光が反射された世界が、少しづつ鮮やかに色を得ていく

 そこは、明らかに見たことがない、自分の世界ではない


 ーーーーーテレビの中の世界のような


 心臓がまたもや高鳴り始めて、頭が可笑しいほどのアドレナリンを分泌させ

 

 今自分の目の前に広がっているのはーーーーー


 猫の耳を生やし、ブロンズの毛皮で覆われた尻尾をフリフリと楽しげに揺らす、人間の姿をした少女

 水晶の中に炎を揺らし、様々なものを浮かし続け下卑たる笑みを浮かべて、一見怪しげな商売をする不思議な力を持ったおばあさん

 その世界は、


 ーーーーー自分の知らない異郷の地、異世界だった


「あ、あははは。・・・・定番すぎるだろ」


 自然と、馬鹿みたいなこの状況に下手くそな笑顔を浮かべる

 僕はしばらく、その右足一本踏み出した状態で、その場所に呆然と立ち尽くしていた


 それは4月の入学式の日、様々な人間の、学生たちの出会いの季節

 そんなまだ桜が散り終わっていない微妙な季節に

 おかしな少女の命を救い、命を落とした僕は


 新たな世界との出会いを迎えた


 初めましてと、世界が僕に笑いかけた気がした

改稿第一回目です

次はプロローグの方を書き直します

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