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そんなこと望まない

 その後。

 私は完全に酔いつぶれて、リビングでそのまま眠ってしまった。


「琴美さん、あの、起きてください。

 ここ、ベッドじゃないですよ」


 斗真とはちがう、穏やかな声がする。

 えーと、誰だっけ?


「うー? えー?」


 ぼんやりと目を開ければ、可愛い顔した少年が私を見つめてる。

 いるんだね。こんなきれーな顔した子が。

 夢かな、これ。


「琴美さん」


 彼の声が、私の名前を呼ぶ。

 頭が全然回らない。

 にしても、なんか寒い。

 私はその少年の首に抱き着いた。


「ちょ……琴美さん?」


 澄んだ声が心地よく耳に響く。

 ひと肌ってあったかい。

 あったかいってことは、夢じゃないのかな。

 誰かが、私の身体を抱きしめる。

 持ち上げられるような、そんな感覚がした気がする。

 私はそのまま眠ってそして、気が付くとベッドの上に寝かせられてた。

 ぼんやりとした視界の中に、彼がいる。

 彼の手が、私が着ているトレーナーの裾に触れた。


 ……って、え?

 驚いて、私はレイジの手をがっと掴んだ。

 彼の身体が、びくっと震える。

 目を見開いて、空いている方の腕をついて私はわずかに身体を起こした。そして、彼の顔をまっすぐに見つめた。


「私、そう言うの望んでない」


「……え、でも……」


 戸惑ったような、驚いたような声でレイジが言う。

 常夜灯の、ぼんやりとした明かりの中、私は彼の目をじっと見て、強く言った。


「貴方、子供でしょ? こういうの、よくないよ」


 すると、レイジは目を伏せた。


「……すみません。こういうことくらいしか、僕、思いつかなくて」


 なんでそんなことしようとしたのかわからないんだけど、私には。

 ……もしかして、慰めようとしたのか?

 こんな若い子に慰められるとこだったのか、私は。

 なんだろう、ショック。


「なんで、そんなことしようとするの?」


「あの……すみません、ただ慰めようと……」


 いやいやいや。

 他にもあるよね、いくらでも慰める方法なんて。


「私は、話聞いてくれて、ご飯作ってくれて、家事やってくれるだけで。

 それだけで十分なんだけど」


 言ってみて気がつく。

 だけ、じゃないよね。だいぶ多い。


「そう……なんですか?」


 不思議そうな顔をするレイジに、私は何度もこくこくと頷いた。

 っていうか、いっきに酔いさめちゃった。

 私の手は、まだ、彼の手を握ってる。

 暖かい手。この手で何人の女の人を……

 いやいやいや。

 考えちゃダメでしょ、そう言うの。


「ねえ、なんでそういうこと始めたの?」


 すると、彼は目線を逸らした。


「……好きで始めたわけではないです。

 どこに行けばいいかわからなくて、繁華街にいたら、女性が声をかけてきました。

 それで……泊める代わりにと、求められました」


 その時に、こういう方法もあるんだと知ったと、レイジは言った。


「よくないことだということは自覚してますけど、あの、ホテルとか、マン喫とかは使いたくないので」

「なんで?」


「すぐ見つかっちゃうんじゃないかなと、思ったので」

「誰に?」


 その問いかけに、彼は答えなかった。

 レイジは首を振り、どこか不安げな瞳を私に向けた。


「すみません。でも、本当に、いいんですか? その……」

「だからそう言うの、望んでないってば」


 ぴしゃりと言うと、彼は少し驚いた顔をした。


「そう言う風に言われたの、初めてです。っていうか、家事やってくれたらいいなんて言ったの、琴美さんだけでしたので」


 世の中いいのか、そんなので。

 いや、レイジが何度そういうこと――売春してたかなんてわからないけど。

 でも、よくないことはよくないことだし。


「私は大丈夫だから。シャワー浴びて寝よう」


 レイジはこくりと頷いた。




 夜中、呻き声で目を覚ました。

 また、彼はうなされているらしい。


「……あ……やだ……」


 助けて。

 彼はそう言った。

 どんな夢を見てるんだろう。何に苦しんでるんだろう。

 ……何かできること、ないかな。

 私は身体を起こし、ベッドから這い出て彼が眠る布団に近づいた。


「ねえ、大丈夫?」


 荒い息を繰り返して、彼はうっすらと目を開く。


「う……あ……」


 彼は私の首に手を伸ばしたかと思うと、そのまま私の身体を抱き寄せた。

 ふわりと、シャンプーの匂いがする。

 レイジは身体をわずかに震わせて、荒く息を繰り返してる。

 どうしたらいいかわからなくて、私は、不自然な姿勢で床に手をついて身体を支え、レイジにされるがままになっていた。


 抱きしめる力は強くて、逃げられる気がしない。

 何におびえているんだろう。

 どうしよう。

 戸惑いつつ、私は彼の頭にそっと触れた。

 ぽんぽんと、頭をたたいて私は、彼の震えが止まるまでじっとそのまま動かなかった。


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