拾った子は有能だった
朝目が覚めると、なんだかいい匂いがした。
1LDKのアパートの部屋。
床には毛布と掛け布団が畳まれて置かれている。
なんだっけ? 何があったんだっけ?
混乱する頭で考える。
私はベッドから這い出てリビングへとつながる扉を開ける。
キッチンへと目を向けると、そこにはエプロンをした黒髪の少年がいた。
彼は私のTシャツとスエットを着ている。
昨日拾った少年だ。
彼はこちらを振り返ると、アイドル張りの笑顔を見せた。
「おはようございます、琴美さん」
「え、あ、おはよう、ございます」
つられて挨拶をする。
彼はご飯を作ってくれたみたいだ。
食卓。と言うか、リビングに置かれた座卓にご飯とお味噌汁、それに目玉焼きに魚肉ソーセージの炒め物が用意される。
ザ・朝食。
リビングに散らかっていたであろう本や雑誌、それに昨日家で飲んだお酒の空き缶も皆片づけられている。
やばい。この子、ただの家出少年じゃない。
超使えるアイテムだ。
いや、そう言う問題じゃない。
私は首を振って、向いに座る彼を見た。
どうみても、彼は子供だ。
10代だ。
昨日何もしてないだろうか。正直不安がよぎる。
昨日の夜のこと、あまり覚えていない。
この子拾って、家帰って酒飲んで……
「ねえ……えーと……」
名前を呼ぼうとして思い出せない。
そもそも名前を聞いたかどうかもわからない。
箸とご飯茶碗をもった少年は微笑んで、
「レイジです」
と言った。
たぶん嘘。
っていうか、本名を名乗るとは思ってない。
「私、昨日何した?」
すると、レイジはにっこりと笑う。
おぉう。その笑顔見せられたら同じ年頃の子はキャーキャー騒ぐんじゃないな。
「昨日は帰った後、お酒飲んで、僕がちょっとしたおつまみ作ったら喜んでくれて。
僕はジュース飲んで琴美さんの話を聞いてました。
僕がシャワー浴びさせていただいている間に、ベッドで寝ちゃっていたので片づけして……」
「そ、それで?」
肝心なところはその先だ。
「お布団借りて、僕も寝ました」
それを聞いて、私は心の中でほっとする。
よかった。何もしてないなら本当によかった。
酔った勢いで、こんな子どもと関係を持ったとかになったらシャレにならない。
「で、えーと。レイジ君」
「はい。なんです」
「あんなところで何してたの?」
昨夜、たぶん10時過ぎだったと思う。なんであんな時間に繁華街なんかにいたんだろう。
彼はご飯を食べ終え、手を合わせてごちそうさまと言った。
ひとつひとつの所作をみても、彼は多分育ちがいい。
なのに家事ができるとか。
どんだけなの。
「相手を探していたのは確かですね」
彼は静かにそう告げた。
「相手って……?」
「一晩、家に泊めてくれる人です」
その言葉の裏に隠されたものを感じ、私は押し黙った。
そうか。この子。
身体売ってるのか。
一晩の宿を得る代わりに身体を売るって話、ニュースでやってたな。
そんなことするようには全然見えないけど。
私はご飯をかきこむと、手を合わせてごちそうさま、と言った。
「じゃあ、僕、片付けますね」
「え、いや。だってご飯作ってくれて片づけまで……」
たちあがろうとする私を片手で制し、彼はお盆の上に食器を載せていった。
ソファーに腰かけCS放送の音楽番組を見つつ、私はちらっと彼を見た。
「飲み物いれます?」
レイジはそう言って、こちらを見た。
「え、うん。冷蔵庫にジュースあるよね。それおねがい」
「わかりました」
こんな子を育てた親はどんなだ。
いい子だぞ。
なんでこんないい子が身体売って家出してるんだろう。
「あの、琴美さん」
「なに?」
「僕、いつまでいて大丈夫ですか?」
飲み物の入ったグラスを座卓に置きながら、レイジが言った。
こちらの様子を窺うような、すこし不安げな顔をした彼を見て私は悩んだ。
いつまでもいていいとか言えない。
とりあえず今日は土曜日で、月曜日は祝日。いわゆる3連休だ。
「……うーんと。とりあえず連休中はいていい。かな」
そう答えると、彼はほっとした表情を見せた。
「ありがとうございます」
「でも親は大丈夫なの? だって……」
と言いかけて私は言葉を飲み込む。
彼はただにっこりと笑って私を見つめるだけだった。
あ。これ、答えるつもりない。ああ、そうだよね。
家出少年が家出の理由を簡単に語るわけないか。
「あ。でも、食材とかあんまりないし。服、ないよね」
「服は……下着とか2日分くらいはもってますから。
この服はすみません。いいって言ったんですが、琴美さんが着ろって押し付けて……」
覚えてない。
そういえば、昨日は気づかなかったけど、この子、リュック背負ってた。
よく見ると部屋の隅に見覚えのないリュックが置かれている。
「そっか。あとで、買い物行くけどどうする? 一緒に行く?」
「……すみません。外に出るのは……あの、メモ渡しますので買い物頼んでいいですか」
「あ、うん。わかった」
私は棚からメモ紙とペンを出して、彼に手渡した。