捨てられた 拾った
10月の初め。
彼に呼び出され、聞かされた言葉は残酷なお告げ。
「わかれてほしい」
うそでしょって思った。
癖のある茶色い髪。私にはもったいない、端正な顔をした彼は、辛そうな目をして私に言った。
二年付き合った。
私は今年で27になる。
彼、斗真は二つ年上の29だ。
だから結婚するって思ってた。
そんな話も、何回かしたことあった。
なのに。
わかれてほしい。
ですと?
「な、んで?」
やっと出た言葉はそれだった。
斗真は首を振って、
「他に好きな人ができた」
って、しごくありがちな言葉を口にした。
あー。そうですか。
そうなんですか。
私は縋ればいいのかな。それとも、冷めた顔して送りだせばいいのかな。
答えは出なくて、私はただ、頷いた。
「……そう」
「ごめん」
去って行く、スーツ姿の大きな背中を、ただ見送るしかなかった。
結果。
「ふざけんじゃないわよ」
「そうねえ。ありがちな話だけど」
駅前にあるチェーンの居酒屋に、友達呼び出して飲んだくれることにした。
売れない漫画家で、日頃バイトをやってる友達のミクは、突然の呼び出しに快く応じてくれた。
ショートカットの黒髪に、切れ長の瞳。
よく男に間違われるミクは、わざとなのかわからないけど、黒のパンツに黒のジャケットを羽織ってて、一歩間違えたらホストみたいだ。
「ねえ、ミク。いっそうのこと付き合っちゃう~?」
ふざけて私が言うと、彼女は頬杖ついて苦笑いした。
「琴美と~? そうねえ。琴美にいいのが現れなかったら考えてもいいかも」
そう、やんわりと断りを入れてくる。
まあ、そうだよね。
ミクは見た目はあれだけど、レズでもバイでもないし。
ちゃんと彼氏がいたことがある。
今はいないらしいけど。
「もー。信じらんない斗真のやつ」
「友達期間いれたら長いもんねえ。斗真先輩とは」
そうなんだ。
斗真は学校の先輩。しかもうちの学校6年一貫。委員会活動で知り合った。私は中学2年で、向こうは高校1年生で。
知り合って10年以上になる。
友達期間は長かった。
ミクや他の人を交えてみんなで遊んでた。
長い友達期間を経て、告白されて付き合って。
そうだ。告白されたんだ。なのになのに。
「好きな人がほかにできたからってなんなのよー! 結婚の話は何? しようって言ったじゃない」
後半は涙目になっていた。
向かいに座るミクの手が、頭に伸びる。
ぽんぽん、と頭をたたかれ、彼女は微笑んだ。
「はいはい。
まあ、でも、婚約してはいなかったでしょ?」
「親には挨拶してたもん」
ふてくされ、ビールを口に流し込む。
「すいませーん。注文いいですか?」
手を上げて店員さんを呼ぶ。
そのあとどれくらい飲んだかわからない。
ミクと別れて、駅前のコンビニ寄って、私はアパートに向かって歩いていた。
大通りを抜け、繁華街を通りかかる。
秋の冷たい風が、私の髪を撫でていく。
時間も時間なので、私と同じようにお酒のにおいを纏った人たちが通り過ぎていく。
立ち止まって空を見た。
ちょっとだけ星が見える。
田舎とはいえそれなりに明るいから、星ってあんまり見えない。
なんでこうなるのかなあ。
斗真と過ごした時間を思い出す。
遊園地に行ったり、イルミネーション見に行ったり。
思い出せば、ちょっと涙が出そうになる。
「なあ、こんな時間にここにいるってことは、そういうことだろ」
そんな男の声に私は我に返った。
声のほうを見るとスーツ姿の男が、高校生くらいの少年に絡んでいる。
男は少年の腕を掴み、どこかへ連れて行こうとしているようだ。
少年は嫌そうな顔をして、その腕を振りほどこうとしていた。
「あー! まったー?」
それはほんの気まぐれ。
私は、ふたりの間に割り込んで、少年の腕を掴んだ。
「なんだおまえ……」
「ねえ、行こう。あ! タクシーで帰る~?」
「え、あ……」
少年の戸惑った声が聞こえる。
「さぁ、いこー!」
お酒の入った袋を高く掲げ、私は声を上げた。
面倒に思ったのか、男は舌打ちをして去って行く。
繁華街を抜け、しばらく歩いたら少年が口を開いた。
「あの、すみません。ありがとうございました」
「えー? なにが?」
私は少年のほうを見た。
今気が付いたけれど、少年はかなりかっこよかった。
サラサラの黒い髪。二重の黒い瞳に縁なしの眼鏡。アイドルのような、ハンサムな風貌の少年。
こんな見た目であんなところにいたら、そりゃ絡まれるよね。
彼は少し戸惑った顔をした後、じっと私を見て言った。
「助けていただいて、ずうずうしいとは思いますが」
「なーに?」
「家、泊めていただけますか?」
酔った私は、彼の言葉の意味を理解するのに時間がかかった。