タクシードライバー
夕方、駅前ロータリーでタクシー運転手たちが談話中。
「おう、ガンさん。今日はどうだった? ロングの客はいたか?」
「タケちゃんもちょうど上がりの時間か? しかしひどいもんだよ。ほとんどが1メーターの客ばっか。」
「会社からは1メーターの客も差別するなっていうけど、心情的に無理だよな。」
「ああ。特に駅で長時間待ってての、1メーターはきつい。」
「かといって、どんどん街を流していけって言われても、最近はタクシーを拾う人自体が少なくなってるしな。」
「今後、どうしたもんかね?」
「そういえば今日、ちょっと変な体験をした。」
「何? 後ろに座っていた女性が、墓地に着いた途端に消えたとかの話には飽きてるけど。」
「そんなんじゃないってば。」
「うちの会社のドライバーだったら、最低でも一人一回は体験してるしな。」
「会社から『四丁目のマンション前で客が待ってるからそこに行け』って指示が来てよ。」
「あの飛び降り自殺が多いエリアか。」
「まあそうなんだけど。行ってみたら、指定のマンション前に誰もいないんだよ。」
「イタズラ電話? 最近はそういうのも多いよな。」
「タクシーならまだ実害が少ないけどな、最近では寿司を10人前とか、普通にイタズラで届けるらしい。」
「・・・それは酷いな。料金はもらえないだろうし。」
「寿司屋もそうだが、無理やり送り付けられたほうの人も可哀想だろ?」
「まったくだ。・・・で、タケちゃんはどうしたの?」
「マンションから出てくるのが遅くなってるとか、急にトイレに行きたくなったという可能性もあると思って、しばらく待ってたんだ。」
「さすがはうちの会社きっての人格者。優しいな! 俺だったらマッハで帰ってる。」
「そんなんじゃないってば。」
「どのくらい待ってたんだ?」
「1分くらいかな。そしたら変なことが・・・。」
「どうしたんだ?」
「いつの間にか俺のタクシーを、氷の入った大きなバケツを抱えた大男が、3人で取り囲んでるんだ。」
「それは怖いな! どっかの筋者か?」
「そうみたいなんだけど。何かその人たちも切羽詰っててな。とにかく早くタクシーを出してくれと。」
「でも何で、氷を持ってるんだ。」
「どうやらその男達の所属する組内で不始末を起こしたやつがいたみたいで、指を詰めさせられる前だったらしい。」
「何でわかったんだ? 直接、聞いたのか?」
「こっちが不思議そうな顔をしてたら、普通に話してくれた。」
「組の恥なんじゃないのか?」
「まあ、とにかく特急で現場に向かってくれと。」
「行ったのか?」
「俺もプロだぜ。法定速度に従った安全運転で行ったよ。」
「そこは思い切って飛ばせよ!」
「警察に捕まったらどうするんだよ? せっかくの氷が無駄になるだろうが。」
「それもそうだけど。その展開じゃドラマにならないし、そもそも男たちに怒鳴られたりしなかったのか?」
「そいつらはそいつらで、自分たちの会話だけで、いっぱいいっぱいって感じだったな。」
「まあタケちゃんが無事でよかったよ。」
「で、どうやらその組事務所が入っているらしい、ビル前で車を停めたんだが・・・。」
「どうなった?」
「特にアクション映画みたいな展開はないよ。相手はお釣りもちゃんと受け取ったし、領収書も。」
「そこらへんはしっかりしてるんだな。さすがに慌てても」
「その代わり、一人がバケツを忘れていったけど、車内に。」
「一番、大事なものを忘れてるじゃないかよ!」
「お釣りとか領収書を受け取って両手がふさがってた奴だったから、しょうがないかな。」
「それでも忘れんなよ!」
「やれやれってことで、タクシーが走り出そうとしたときに、そのバケツを忘れたやつが飛んできて」
「追いかけてきたんだ? でも何で?」
「氷がまだまだ足らないと。」
「その車内に忘れたやつのこと?」
「いやいやバケツ3杯くらいでは、『例のもの』を冷やすのに足りないと。」
「何だよ? 例のものって。何か怖いな!」
「俺もそう思ったんだけどな~。」
「で、どうしたんだ?」
「仕方ないから最寄りのコンビニまで、またその男を乗せて行った。」
「ナイスアイディア。あそこには氷が売ってるからな。」
「その男は大量の氷を抱え、アイスを食べながらコンビニから出てきた。」
「アイス食べてんなよ! 大至急だろ!」
「さすがに緊迫感がなかったな・・・。」
「その後はどうしたんだ?」
「また組事務所まで戻った。」
「まさかその男、買ったばかりの氷は忘れなかったよな?」
「するどい! バッチリ忘れかけた。領収書とお釣りだけ持って降りようとしたんだ。」
「失敗から学べよ!」
「今回はもともと、アイスで片手もふさがってたしな。」
「そいつ、まだアイス食べてたのか!」