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兄とわたしの吸血生活  作者: とんじる
8/14

迫りくる影

登場人物が決まってきて、なんとなく話の流れが出来てきたような気がします。

 

 やっと江戸川学院にも平穏な日々が戻りつつあった。

 バドミントン部の活動も今日から再開だった。

 ただ顧問の先生は不在のままだ。

 わたしたちは亡くなった菊池先生の練習メニューを淡々とこなしていた。

 どことなく暗いムードが漂っていた。

 それをぶち破ったのは、あの先生だった。


「ハーイ、バドミントン部の皆様方。オバンでヤンス」

 練習が終わり間際に、陽気に体育館に入ってきたのはマイケル・ペトリー先生だ。

 先生はあっという間に、バドミントン部の汗臭い女子の輪に囲まれてしまった。ここ数週間で校内の人気者になっていたのだ。


「ミッキーどうしちゃったのぉ?」

 なれなれしく声をかけたのは吉沢まゆだ。髪留めのゴムを取って、わざわざ女アピしながら近づいていやがる。

「拙者、体育館のトジマリガカリになってしまったでゴザイマスヨ。皆さんがアンゼンに帰れるようにするでアリマース」


「きゃー、やさしー」「夕飯おごってー」

 バドミントン部の集団は、ペトリー先生の腕をつかんだり振り回したりしている。

 このまま今日の部活は終わりなのだろう。わたしはその輪の中から、離れたところにいた。


「カミラはあいつらと一緒に行かんの?」

 そう声をかけてきたのは桃谷あずさだった。

 わたしはあずさの肩くらいの身長なので、話すときは見上げないといけない。


「うん、わたしはね。さっさと帰らせてもらいますよ」


「カミラはお兄ちゃん一筋だもんねえ。あんなのが身内だと彼氏もなかなかできんわなあ」


「そんなの関係ありませーん。彼氏だって作りたいときには作りますからー」


「ふうん」あずさの明らかに信じていないという眼差し。「じゃあトクマと付き合ってあげたら? あいつ良いヤツだよ」


「なんでみんな、わたしとトクマくっ付けようとすんのよ。あいつだけはあり得ないっちゅうの」


 あずさは「お似合いだと思うんだけどなー」とほざいてやがる。

 ただ、トクマの名前が出たので、わたしは今日あいつと喋ったことを思い出していた。

 あいつは『あのミッキーってヤツに気をつけろよ』と言っていた。『あいつ久保田と同じかも知んないぞ。お前の情報を色んな奴に聞いてるし、授業の時もお前のことチラチラ見てる』


 そのときは『なんでそんなこと気づいたのよ』『いや、俺もお前のこといつも見てるし』『きしょっ!!』って感じで流してしまったのだが。

 わたしはちらりとミッキー先生の方を見た。

 先生はわたしを見ていた。目と目が合った。

 戦慄が走った。背筋がゾッとする射ぬくような目だった。

 まるで親猫が外敵から子供を守るような。それは、何て言えばいいの? 圧倒的な敵意?


「ハーイ!ミス、カリナ」

 ミッキー先生は、みんなの輪をかいくぐってわたしの方に近づいて来た。

 その目はとてもにこやかでフレンドリーなものになっている。さっきのは見間違いだろうか?


「もう元気にナリマシタカー? コワイドリーム見てイマセンカー?」


「いえ、もう大丈夫です。普段通りの生活してますから」


「oh、ソレハヨカッタ。して、お兄さんの様子はいかがでござんしょか」


「え? いえ、兄も元気ですけど」


「そうでありんすか。いえ実はアッシまだお兄さんと面識がないでござんすよ。reputationは良く聞くでアリマスが、どうやらお兄さんは音楽の授業に興味がないらしいのデース。毎回サボっておられマース」


「あ、すみません。ちゃんと授業に出るように言っておきます」


「なにとぞよろしゅう。お会いするのを楽しみにしていると……」

 そう言うとミッキー先生はまた女子の輪の中に引き戻されてしまった。わたしはなぜかじっとりと汗をかいていた。緊張で手を握りしめ、爪が手のひらに食い込んでいた。 

 なんだか胸騒ぎがした。ちょっとお兄ちゃんを探して相談してみようかな……。なんでもなきゃいいんだけど。


 

  ◆

 

 

 お兄ちゃんはスマホを持っていなかった。束縛されるのが嫌いとか言って、連絡手段がまったくない。この時代にどこにいるか全く分からなくなる高校生なんて、お兄ちゃんくらいだろう。


 とはいえ、16年も妹をやっているので、居場所はなんとなく想像はできる。ヴァンパイアのご多分に漏れず、お兄ちゃんも明るくにぎやかな所は苦手だ。

 自然とデートコースは映画館や公園のような地味なところになる。

 デート以外の用事だったらどうするって? そんな事はあり得ないと16年の経験が教えてくれる。


 帰り道にお兄ちゃんが良く使う公園を覗いた後(カップルにじろじろ見られた……)、行きつけのカフェに寄ってみた。公園の近くで鬱蒼とした木に囲まれたカフェだ。お兄ちゃんは「ここはココア以外クソだけど静かだから良い」といつも言っている。わたしはチョコパフェも美味しいと思うけど。

 店舗自体はこぢんまりとしているのだが、ヨーロッパの庭園みたいなシャレオツなエントランスは広々としている。その中でも大木の陰になっていて、周りから見えづらい場所にある席がお兄ちゃんの馴染みの場所だ。


 わたしはその場所を遠目に覗いてみた。

 二人席の片側で、ココアを飲んでたそがれているお兄ちゃんがいた。めずらしく一人だ。

 うーん、たまにはビビらせてやりたい。わたしは生垣に体を隠してその背後に回り込んだ。

 目隠ししてやろう。なんか付き合って数日目のカップルみたいでちょい恥ずかしいけど、自分に気づいていない知り合いの背中見たら、驚かしてみたくなるってきっと人間の本能なんだろう。

 

「だぁーれ……」

「ブライくーん。遅くなっちゃってごめんね」


 わたしは慌てて生垣の中に潜りこんだ。やっぱりデート中だったのだ。トイレに時間かけ過ぎだろうがよ!


「ブライ君といると緊張しちゃって汗かくから、お化粧がすぐ落ちちゃうよぉ。ほっといたらすっぴんになっちゃうよ、マジで」


「すっぴんでも可愛いからいいんじゃね?」


 女が「やだー」とか言いながらケラケラ笑った。なんたる歯の浮くような会話だ。いやだ。身内のこういうとこ見るのがいやだ。

 と、思いながらもわたしは生垣の隙間から二人の様子を覗いてみた。

 女の方は見たことのない顔だ。うちの学校の生徒ではない。たしかにモデルのような美人ではある。しかし、あの媚びたような感じ。絶対、女に嫌われるタイプだ。


 ちょっと覗いていたけど、お兄ちゃんが女の髪に埃がついてるとか取ってあげてるのを見て、なんだかむなしくなってきた。

 帰ろう。相談するのは帰って来てからでいいや……。


 そのとき女の声が聞こえてきた。

「ブライ君って岸田飛呂彦に似てるよね」


 わたしの胸の内で、なにかがスッと冷たくなった。


「わたしあの人の大ファンだからライブもめっちゃ行ってるんだ。もう50歳くらいなのにすっごいわかいよね」


 わたしは生垣の間から、また二人を見た。お兄ちゃんはまるで無表情だ。女の子の方が少し慌て始めている。


「あの、ブライ君……どうしたの?」


「ん? いや、ちょっと悪いけど今日は帰るわ」


 そういうとお兄ちゃんはサッと立ち上がった。もう金は払ってあるからと言い残して、ジャケットを肩にかけると歩き始めてしまった。

 取り残された女の子はポカンとしていた。あの容姿だし、きっとこんな経験は始めてなのだろう。

 わたしは公園の森林の方に消えていくお兄ちゃんの後を、追いかけはじめた。

 

  

 



 

 



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