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兄とわたしの吸血生活  作者: とんじる
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校内の出来事

とんじると申します。初投稿であります。

慣れていないので色々とご指導くださるとありがたいです。

遅筆ですが完結めざしてがんばります。

感想なぞいただけると、それを糧に頑張れるとおもいます。

どうかなまあたたかい目で見守ってやってくださいませ。

 

 まさか、こんなところに閉じ込められるなんて。

 

 便座に腰を掛けて、肩をすぼめて体をちぢこませる。体がだいぶ冷えてきてしまった。

 しんと静まり返った中で急にチャイムの音が鳴り響き、心臓が口から飛び出そうになる。

 わたしは唇をかみしめて声が漏れるのを抑える。なんで学校って夜の誰もいないときまでチャイムを鳴らすのよ! 電気の節約しろっつうの!

 あたりはまた水を打ったように静けさを取り戻す。

 さっきのは8時30分の鐘? 9時20分? 時間間隔もなくなっている。

 遠くから足音がしてくる。リノリウムの床に響く革靴の音。

 音が止まる。そして教室のドアを横にがらがらと開く音。

 教室の中を探しているのだろう。

 どこかで飛び出さなくちゃいけない。そのチャンスは必ず来るはずだから。

 足音が近づいてくる。

 そして、音がトイレの前で止まる。

 あいつは中に入って来る。

 その一瞬に神経を研ぎ澄まさないと。

 わたしは目をつむって集中する……。


 

  ◆



 教室にスマホを忘れたのに気付いたのは、親友のカナがモスに寄ろうと言いだしたときだった。

「ありえへんで。スマホ忘れる女子高生とかこの時代にありえんことやで」

 カナの偽関西弁は微妙に人をイラッとさせる。関西のジャニタレに影響を受けて最近特に多くなっている。

「ごめん、今日は持ち帰りにしてよ。今度ダブルチーズバーガーおごるから」

「さみしいわー。今日はオカンも帰り遅いし、家じゃ一人メシやわー。しゃあないなあ、ほら付いて行ってあげるからはやく取ってこようって」

「大丈夫だって、ダッシュで取って来るから。もう汗臭さの限界超えてるから、フルパワーで走って行ってくるよ」

 

 わたしはそう言うと、走って学校に戻り始めた。カナが後ろから「ちょい待ちー」と叫んでいたけど、あとでラインするからと言って振り切ってしまった。

 思えばあそこでカナに甘えておくべきだった。 

 バドミントン部で北関東最強のペアであるわたしとカナ。今日も放課後は7時までみっちり練習していた。その途中でカナは足をひねって痛めていた。帰り道で足を引きずっていたカナを、走らせてはまずいと気を使ってしまったのだ。

  

 学校に戻った時にはその暗さに少し後悔していた。

 学校ってこんなに暗かったっけ? なんか雰囲気おかしくない?

 ミッション系の私立江戸川学院の外観は、ヨーロッパの教会のような作りをしている。30年くらい前に有名な建築家が設計したらしい。広い玄関ホールは沢山の採光窓のおかげで、昼間は鬼のように明るい。ただ、今は非常口の明かりだけが、ヒトダマみたいにぼんやり浮かんでいる。まるでディズニーのホーンテッドマンションのようなおどろおどろしい雰囲気だ。

 入口の扉は開いていて、奥の方からは明かりが漏れている。まだ残っている人がいるのだろう。

 わたしは中に入ると玄関ホールの上にある、イエス様のステンドグラスを見つめた。

 イエス様は無表情な黒目で、まっすぐ前を見つめている。

『おまもりください。イエス様』

 小さな声でつぶやくと、わたしは4階の自分の教室に向かった。


 教室には明かりが付いていた。

 わたしは夜道を一人歩きなんてめったにしない。

 小学生のころからちょいちょいストーカーに付きまとわれていたりもしたし。

 でもそれは仕方がないことと我慢した。だってわたしはちょっとそこいらじゃお見かけできないくらいの美少女ですし(確信)。 幼稚園の頃から男の子に告白はされる、美容室に行けばカットモデルになってくれと頼まれる。それなのに、わたしそんなかわいくないんですぅなんて言う女、逆にイヤらしくない?

 美少女に生まれたんだから美少女らしく生きるだけ。ありのままのわたしを見せるだけでしょう。このAカップの胸だってありのままの姿として……。

 まあそれはいいや。

 とにかくわたしは夜危険な場所に一人で出入りすることなんてなかった。

 だからこのときも気を付けるべきだった。

 でも学校だったし。

 学校ってそういうものから皆を守ってくれるものと信じていたから。


「あの、誰かいるの?」

 わたしは教室の入り口から声をかけた。

 中を見ても返事がない。

 わたしの席の所、窓側の後ろから2番目の席がガタガタと揺れていた。

 おそるおそる近づくと、ぬっと黒い影が立ち上がった。それは音楽を教える久保田先生だった。

 右手にはわたしのスマホを持ち、左手にはわたしのタブリエ(ミッション系の学校で女子が着るエプロンみたいなもの)を抱えている。

「小野だな」

 久保田先生が言った。その声にはなんの感情もこもっていなかった。まるで魂が抜けてしまったような。

 先生はずんぐりむっくりな体型で、髪型はぴっちり横分けだ。保護者の評判はいいらしい。しかし生徒からの評判は最悪だった。笑顔が気持ち悪い。喋り方がヤらしい。ようするにキモイ。

 なにかのテレビで見たけれども、身近な人の評判ってほぼ正しいらしい。

 先生はタブリエに顔をうずめた。それに頬ずりすると、舌を出してべろべろ舐めはじめた。そして久保田先生はにっこり笑った。

 

 その眼鏡の奥に見える、神経質そうな切れ長の目を見てわたしは全て理解した。朝、学校に来ると物の位置が変わっているような違和感。部活中ふと誰かに見られているような感じ。

 そして一週間前に発見され、大問題になった、女子更衣室に隠しカメラを取り付けた犯人。

 わたしはすぐに逃げ出した。

「おのぉぉまちなさぁぁぁいぃぃぃ」

 声を振り切って、教室を出て西側の階段をかけおりながら、すぐにまずいと気づいた。今は来客用のサンダルを履いている。自分の靴が置いてあるのは正面玄関だ。あそこに戻ろうとすれば、南側の階段で先回りされてしまう。

 でも四の五の言ってる場合じゃない。どこかの教室の窓から出て、裸足になってでも逃げないと。

一階に付いて、どこかの教室に飛び込もうとしたとき、廊下の明かりがパッと付いた。廊下の正面玄関の方を見ると、そこにはバドミントン部の顧問、菊地先生が立っていた。

「おい、小野か? 叫び声みたいのがしたけどなにかあったのか?」

「せんせえぇ」

 わたしは涙が出そうなくらい安堵した。普段は怒鳴ってばかりの菊池先生。年齢は40そこそこなのに、学年主任でとにかく規律にうるさい。娘は江戸川学院の中等部にいて、たまに練習の相手をするのだが、家でも厳しいということだった。でも全国大会で負けたときには、わたしの頭をポンポン叩いて「よく頑張ったな」と言ってくれた。わたしは自分の父さんのことはあまり覚えていないけど、父さんに誉めらるのってこんな気分なんだろうなと思ったりしたものだ。

 だからこの時も頭をポンポン叩いて「もう安心だぞ」といってもらいたかった。

 娘を守るお父さんのように。

 わたしは先生の方に駆け寄ろうとした。

 そのあとはまるでスローモーションのように見えた。


 先生の背後から久保田先生の影が飛び出してきた。

 わたしは何かを叫んだと思う。

 そのせいで菊池先生は影の方に振り返ってしまった。

 久保田先生は手に棒のような物を持っていた。それが菊池先生の首にグサリと刺さった。

 それはナイフだった。刃が顔の長さぐらいある、戦争映画などで軍人が使っているアーミーナイフだ。

 それを久保田先生は、両手で菊池先生の首に押し込んだ。

 わたしには目の前の光景に現実感がなかった。学校でアーミーナイフを持った先生が、他の先生の首を刺す? どういうこと?

 それは菊池先生も一緒のようだった。目を見開いて口をパクパクしていた。

 久保田先生は薙ぎ払うようにナイフを横に振り抜いた。

 菊池先生の首がガクンと後ろを向いた。後頭部が背中に付きそうなくらいの角度になっている。そして次の瞬間、首からどす黒い血が噴き出した。血は天井まで届き、その一角はあっという間に血の海になった。

 菊池先生は何も言わぬまま、血だまりの真ん中にばたりと倒れた。うつぶせに倒れたのに、ちぎれかけの頭は天井を向いていた。


 返り血を浴びた久保田先生は、ポケットから眼鏡拭きを出して血まみれのメガネを拭き始めた。

「こいつさあ、今日俺に話があるって呼びだしたんだよ。小野、なんのことだったと思う?」

 わたしは何も答えなかった。目の前の光景の意味が分からなかった。

「俺が更衣室にカメラ仕掛けたんだろって言うんだよ。公表しないでやるから自分で退職届を出せって。確かにカメラ仕掛けたのは俺だけど。だからってクビはないよなあ。俺はお前たちに気持ち悪がられてるのに一生懸命仕事してるんだから」

 先生はこっちをチラっと見てうなずく。

「こんなキツイ労働をしてるんだから、盗撮くらい当然の見返りだろうがよ。でもなあ教師生活10年目になるけど、更衣室とかやばいとこの盗撮は控えてたんだよ。でも今年の入学式でお前の姿見たときに吹っ切れたんだな。天使だったんだ。まさしく天使だ。俺が学生時代のころは近寄ることもできなかったような。教師でいたらそんな女の近くに合法的にいられるんだぞ? やめるわけにいかねえよなあ」

 わたしは頭では逃げなきゃと思ったけど、体が動かなった。

「俺は殺るしかないと思ったね。辞めたくねえからな。でも殺ったらここにいれない。ジレンマだ。じゃあどうするか? 俺には分からなかった。だから神に祈った。毎晩毎晩、祈ったよ。そうしたらあるとき天啓が降ってきたんだ。お前のスマホを部活中にそっと盗んでおくんだ、そうしたら戻ってきたところで俺たちは愛し合うことができるだろうって。すると今日お前は戻ってきた。神はいるんだ。神は俺たちに愛し合えとのたまっている。そのあとで一緒に天国に行くんだ。俺たちは天国で永遠の愛と命を手に入れられるんだよ」

 わたしと久保田先生の間は5メートルくらいになっていた。

 なんでこんなことになったんだろう。

 つい2時間くらい前までは、カナと笑いながら通っていた廊下なのに。

 鉄のような血のにおい。緑色の廊下を覆う赤黒い液体……。

 

 宙をさまよっていたわたしの目は、その液体の上で止まった。

 壊れた操り人形のようになった菊池先生。

 その口がかすかに動いていた。

「に  げ  ろ」

 目は飛び出そうなほど見開いている。手も足もちぎられたミミズのように痙攣しているだけ。

 それでも、菊池先生は最後の力でわたしに伝えようとした。

「逃げろ」   

 わたしは弾かれたように走り出した。

 後ろで久保田先生……いや、あの血まみれの怪物が奇声を発していた。

 あいつに背中を見せるのは怖かった。ナイフを投げられたりするかもしれなかったから。

 でも必死で走った。

 絶対あいつに殺されたりなんかしない。あんな奴に殺されてたまるかって思いながら。


 

  ◆



 そしてわたしは今4階のトイレの中に隠れている。

 他にも隠れるところはあったかもしれない。

 だけど、わたしはここで一瞬のチャンスにかけることにしたのだ。


 あいつがトイレの中に入って来る音がする。

 そして一つ目のドアを開く音。

「おのぉぉオシッコしてるんだろぉぉ!」

 久保田が急に叫んだ。

 わたしは全身に力を込めて、体が動かないように、なにも物音をたてないように歯を喰いしばった。 

「フン」

 ドアをバタンと力いっぱい閉める音。

「ここかなあぁ?」

 二つ目のドアを開ける音。

 次が一番奥の三番目のドア。

 そこが一瞬のチャンスだ。

 わたしが生き残れるかどうかが決まる……。 

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