親友と彼氏1
誰にだって帰る場所がある。
安心できる場所、そう我が家というもの。
部屋の広さやそこに誰が待ってくれているなんて関係ない。我が家というのは、素の自分に戻れる安全な場所なのだ。
「はぁ……。今回の仕事は、なかなか難しいな……。物わかりの悪い俺が悪いんだけど」
一人、まばらな街灯の中を歩いていると付近をカップルが歩いている。俺とは、そんなに年も変わらないであろう若いカップルから。俺より何歳か上のカップルなのかそれとも夫婦なのか。
そんな人達が俺のすぐ近くを風景のように通りすぎていく。
「はぁ……」
つい、小さくため息がでる。まるでこの場所に一人でいるのが俺だけのようだ。とぼとぼと歩き、マンションの一室である我が家に戻る。
ドアノブを回すとカギが開いていた。
別に俺がカギを閉め忘れたわけじゃない。
そっと、ドアノブを回しドアを開けると部屋には最近替えたLED電球の光とーー
「あっ、おかえり~時馬君」
ーーゆるふわ系の女性が温かい笑顔で迎えてくれた。この女性は、決して俺の彼女ではない。
「ははっ、ただいまです。美憂さん、すみません。いつも何かご飯の準備をしてもらって」
「えっ? いいの、紗菜が時馬君に変な虫が付かないように監視してくれ~って頼まれてるんだから」
「そうですけど、でもやっぱり悪いな~って」
美憂さんは、俺の彼女様である紗菜さんの親友であり。その紗菜さんの願いで、俺が浮気しないように見張ってくれと頼まれているようで。ほぼ毎日のように俺の部屋で待っていてくれる。
「年下なんだから、年上には甘えておきなさいって何度も言ってるでしょ」
べしっと頭にチョップを入れ、俺が苦笑いを浮かべると美憂さんは面白そうに笑顔をしてくれた。
「ほら、ご飯もできてるし早く上がって上がって」
美憂さんに言われるがまま、部屋に入り。部屋着に着替えようと風呂場へと入る。
「あっ、時馬君。ちゃんと着替え終わったら、洗濯物として袋に入れてね。私、明日休みで今日泊まって洗っとくから」
「あっ、はい。ん……?」
着替えが終わり、リビングに行くと美憂さんは、既にビールを用意し。今日は飲むぞと言わんばかりに何本もテーブルに並べている。
「はは……。あの……今日、泊まっていくっていうのは?」
「ん? 駄目なの?」
ジトッとした目で俺を見てくる。正直、彼女がいる身でありながら彼女の親友とはいえ。頼まれているとはいえ。許されているとはいえ、泊めていいものなのだろうか。
「もしかして、時馬君。誰か女の子を連れ込む気じゃ」
「いやいや! そんなことしませんって!」
「そんな……すぐに紗菜に連絡しないと」
スマホを取りだし、真剣な顔で操作していく。間違いなく虚偽を紗菜さんに連絡する気だ。
「ま、待って! 待ってください! 美憂さん、いえ美憂様! それだけはそれだけは!」
「なら、泊まってもいい?」
「はい……勿論です」
よろしいと言うと、スマホをバッグに戻してくれた。本当に寿命が縮まった。多分、数年分は寿命が縮まった気がする。
「ささ、じゃあ食べよ~。時馬君は、明日休み?」
「そうですね、休みです」
「なら飲んじゃお~! 飲んで飲んで飲みまくろ~!」
「いや、その前にご飯を」
「時馬君は、飲みながら食べて食べて。私は、飲みまくるから」
「本当に酒好きですね、美憂さん」
「だって私達、東北のさむ~い季節の場所だよ。しかも田舎だったし、酒は飲めないと苦労するの」
ほら早くと詰めよってくる美憂さんに押されて、俺はつくってもらった料理を食べる。
「んっ、おいしい!」
「ふふ~、そうでしょう」
ゴクゴクと喉を鳴らしながら、ビールを飲む。その飲みっぷりは少し女性的ではなく、男性に近い飲み方だが。俺はこんな一面が割と好きだ。美憂さんは職場での話を聞いているとクールビューティーというかできる仕事の女性となっているらしい。
だが、本当はこんなに少し男らしいのだ。そんなに普段は着飾っていても、この空間では素を出してくれる。
美憂さんとは友人としての仲が良好と確認させてくれるから好きだ。
「って早っ!? もう二缶目ですか……」
「ん~引いちゃった? 酒好きな女は嫌い?」
「いや全然気になりませんよ。むしろ良い飲みっぷりだなって」
「本当? なら、もっと飲むぞ~!」
「はは、飲みすぎないでくださいね」
胸ポケットからタバコを取りだし、食べ終わったあとの一服をする。口の中に残った夕食の味と相まってタバコ独特の苦味を少しばかり緩和してくれる。
「あっ、時馬君がタバコ吸ってる」
「えっ、ああ。美憂さんは、タバコ駄目でしたっけ?」
「いつも気にしてないじゃん~。そういえばそれって紗菜の影響?」
「ま、まぁ。そうですね、何かの話題作りにでもって思って始めたんですよ」
ふ~んと言うと、また喉を鳴らしてビールを一気に飲み干し三缶目に入る。少しばかり頬に赤みが増してきているところを見ると、外にはまだ出てきてないが少しばかりは酔っているらしい。
「紗菜とさ。付き合って何年だっけ?」
「ん? ん~……中学三年からなんで……。九年ぐらいですかね?」
「九年か~。時馬君は……次のステップに進むの?」
「次のステップ……?」
「結婚、紗菜もきっと待ってるよ」
「そうですよね……」
場の空気が急に重くなる。だが、そう感じてるのは俺だけかもしれない。彼女である紗菜さんは、地元でしっかり就職し。そして俺は地元が低賃金だと、都会っぽいこの場所に引っ越して。やっていることと言ったらフリーター。様々なバイトを抱え、必死に働いているだけ。
そんな俺が果たして、紗菜さんと結婚して。家族を支えることが出来るんだろうか。やっぱり男としては出来る限り、男らしく俺が先に引っ張っていきたい。ならバイトとかじゃなくちゃんと正社員になって紗菜さんに支れる男にならないと。
だけど長く続かないって分かってるから、バイトを様々な掛け持ちして生きてるわけだし。俺ってなんでこんなに。
「えっ、えっちょ時馬君?」
「ど、どうかしました?」
美憂さんは、大きくため息をつくと俺の肩に腕を置いて抱き寄せる。すると自然的に顔が、美憂さんのあの大きな柔らかいものに。
「ほらほら少年。泣きたい時は、お姉さんの胸の中で泣いちゃえ~」
「み、美憂さん。や、やめっ!」
「そして、飲んで忘れよ~!」
アハハハと高く笑うと口の中に無理矢理、ビールを入れられる。ビールの苦味が口の中に広がり、そして眠気が襲ってくる。
「うぅ~……美憂さん」
「あらら? 時馬君、まだちょっとしか飲んでないのにもうダウン?」
眠気が強くなってきて、その言葉に俺は返事をすることができずに意識を闇に落とした。
顔に温かい温もりを感じ、目を覚ます。ぼやけた視線の先には、あの大きなマシュマロがあった。
「ま、まさか……」
身体中から嫌な汗が出てきて、止まらない。とりあえず体を起こそうとすると美憂さんの腕でそれを静止するように抱き締められる。
「んっ……」
「あっ……おはようございます」
俺の顔から血の気が無くなっていくのと反対に目を開けて俺のことを確認した美憂さんは、頬をそっと赤らめる。
(や、やめてくれ……そんな反応をしないでくれ)
自分は、無理矢理とはいえ酒に溺れて失態をしてしまったのかもしれない。それが頭に浮かんでくる。
「ぷっ……はは! 時馬君、なんて顔してるの」
「えっ?」
腹を抱えながら、美憂さんは笑っている。なんで笑っているのか俺にはすぐ分からなかった。
「はは……そんなに顔青ざめて。誤解したんでしょ?」
「えっ、誤解?」
「私と間違いを犯しちゃったって」
「ま、まぁ……そりゃ隣で美憂さんが隣で寝てるから」
「はは……ちょっと、からかってみたくて。ごめんね、さっき潜り込んだの」
「そうなんですか? なら良かった……」
美憂さんは、たまにこうやって俺のことをからかうからな。良かった、何もなくて。
本当、この人のこういうところをみて触れ合うとなんだか姉のような親戚の人みたいな感じだな。
「ほら、起きるよ。もう朝なんだから」
「よくあんなに飲んで大丈夫ですね!」
「知ってるでしょ、私は強いの。それよりほら起きるの」
美憂さんが、遮光カーテンを開けるとそこから目を閉じるほどの眩しい光が目に突き刺さる。
それを見た美憂さんの顔は、朝日のように眩しい笑顔だった。