ねぇ、言って?
麗らかな午後5時前。
ゆっくりと陽が落ちてきて、だんだん夜になってく入り口の時間。
「スイカ」
「カラス」
「す‥すずめ」
「メンフィス」
「す‥‥ステーキ」
「鱚」
「えーっ また"す"?」
セピア色の教室で、ただしりとりをする甘酸っぱい男女が一組。
春だねぇ、なんて思いながら俺は寝た振り続行。だってなんか、面白そうだし。
「仕方ないだろ。それがしりとりの戦略なの」
「‥‥‥‥す‥すみれ」
「レタス」
「なっ、なんでそんなスラスラでてくんのよー」
「はっはっは。お前学年トップをなめんなよ」
「むーっ」
「ほれ、"す"」
「‥‥す。」
「あ?」
「お酢の、酢」
してやったり、と笑む少女。しかし少年もまた、にっこり微笑んで
「スイス」
きゃーと喚いて、うなだれる少女。
面白いなぁ。
「もぉやだー」
「なに、降参?」
「‥‥‥‥」
「昔っから負けず嫌いのナオちゃんに限ってねぇ。そんなことしませんよねぇ」
「‥‥‥ダメだぁ、もうホントにネタ切れー」
「えー」
「でもハルに負けんのはやだ‥‥」
「たいがい何でも俺が勝ってると思うけどなぁ」
「だからこそしりとりくらいは勝ちたいじゃない」
「あるじゃん、まだまだいっぱい。スポーツ、するめ、ステージ、砂場‥」
「なっ、言うなー!」
「はい、今俺が言ったやつはもうナシね」
「ハルのいじわる!」
「‥‥‥‥‥」
少年の眼鏡が斜陽に反射して白く光った。
「あるじゃん。もっと簡単な言葉が」
え、と顔を上げる少女。
少年が何か言おうとしたその瞬間。
キーンコーン
カーンコーン
鳴ったのは、下校時間を知らせるチャイム。
「あー、もう5時?私、鞄とってくるね」
「‥ん」
ぱたぱたと自分のクラスへ駆けていく少女。
ふあぁと欠伸をひとつして、俺は起き上がった。
「おー起きたか、テツ」
「なーお前さぁ、なんでそんな回りくどいことすんの?」
キョトンと目を丸くして、次にカッと赤く染まる頬。
「‥‥起きてた?」
「起きてた」
「〜〜〜っ」
「ストレートに言えばいいじゃん。付き合ってんだろ?」
「‥‥そんなんじゃねーよ。只の幼なじみ」
「言われたことないの」
「あるさ。宿題見せてやった時とか、ゲーセンでキティちゃんとってやった時とかならね」
「ははっ。そりゃ切ないなー」
「まったくだよ。‥本当に聞きたくて仕方ない言葉、そんなことくらいで簡単に言われちゃうんだ。言われるたび、泣きたくなるよ」
「‥‥ふーん。今期人気投票第一位の王子様も、案外只の男の子なんだな」
「なんだそれ。みんな俺を買いかぶりすぎなんだよ。わかるか?俺が真面目に勉強してる理由」
少女がまたぱたぱたと戻ってきて、ハルーと廊下から彼を呼ぶ。
静かに立ち上がって、俺の隣を通り過ぎる瞬間、小さく小さく呟いた。
「おバカな誰かさんに宿題見せてやる為。‥それだけだよ」
そういうとこが女どものハートを鷲掴むんだよ!とツッコミたくなる殺し文句だ。
「ほら、ナオ続き」
「え?」
「"す"」
「‥‥まだ続くのぉ?」
「あったりまえだろ」
あーあ。あの様子じゃ、まだまだ終わりそうにないね。
並んで歩く背中を見送って、ひとり大きく伸びをした。
end.