向かい風
向かい風がきつかったので、遅刻しました――
オッケー。それは使い古されたいい訳だ。
そんな訳あるかっていう、相手の失笑を買い、温情をもらう為のささやかな戦略的発言だ。
実際に使っていい訳がない。いい訳だけに、いい訳がない。
いやゴメン。言ってみたかっただけ。気にしないでくれ。
さて。実際の話、向かい風がきついと大変だ。
足を漕いでも漕いでも、前には進まない。
疲れて休めば、その分押し戻される。
横に動いても意味がない。
やれ無駄なことに時間を費やす登校は、学校に通う意味すら考えさせられしまう。
このまま回れ右をすれば、俺は追い風に背中を押され、飛ぶように家に帰ることだろう。
何故人は向かい風に立ち向かっていくのか?
そこに風があるからか?
そもそも向かい風とは何だ?
空気が向こうからやってくることか?
空気の壁がぶつかってくることか?
空気の壁にぶつかるという点では、自分から走っていくのと変わらないのではないか?
駆ける人間にこそ、向かい風が吹くのだ。
そうだ。向かおうとするから、向かい風に押し戻されるのだ。
ここはここは風に逆らわず――
ああ。やっぱりダメだ。押し戻されるだけだ。
やはり考えてしまう。
ここまでして学校とやらには、いかなくはならないものだったろうかと。
俺は何の為に授業に出ているのか?
何の為に学ぶのか?
学業とは何か?
俺の人生に必要なことか?
などと真剣に考える振りをしてみたが、俺の足りないオツムではよく分からない。
だがしかし、校門はもうすぐそこだ。
校舎の壁に沿って登校していた俺は、その右手に鉄扉を見つける。
向かい風はまだ止まない。
俺は必死に足を漕ぐ。
校門は手を伸ばせば届きそうなところまできている。
だがなかなか届かない。
最後の力を足に込めた。
向かい風はまだ俺を押す。
しかしまさにその時、俺に追い風が吹いた。
文字通り風向きが変わり、俺は突然の風に背中を押された。
さぁ、おいきなさい――
まるで誰かにそう言われたかのようだ。
俺の今までの足掻きに対する、それはご褒美のような風だ。
俺は風に乗り、飛ぶように校門を駆け抜けた。
追い風がきつかったので、遅刻しました――
追い風に乗り校門の『前を』駆け抜けてしまった俺は、しこたま痛いげんこつを教師から食らった。