七語り、〈星語りのダーシュ〉3
「では、突き詰めれば、あなたがおかしくしたのでしょう。私はあなたを追ってきたのだから」
「あんたなんか知らないよ。人違い──」
言葉が終わらぬうちに、中洲へ向けて猟銃を撃ち放った。
魔女の姿は、虹色のホログラムと一斉に飛び立った鳥たちに掻き消される。
当たっても、当たらなくても、どちらでも良かった。いや、すぐに当たってはつまらない。
舞い上がった花吹雪じみた光景が過ぎると、老女が一人佇んでいた。
私は猟銃を空に掲げる。鳥を撃ってもいいんですかと、もしかしたら脅しのように見えたかもしれない。もちろん、そんなつもりはなかったが、私の腕前だ、逆に当たることもあるかもしれない。
漆黒の魔女が再び虹色に煙る。ちらちらと現れるこの少女たちは正直なところ鬱陶しい。
「このお嬢さん方はなんです?」
無視されたかと思った頃、魔女が口を開いた。猟銃の引き金に指をかけたタイミングと重なったのは偶然だろう。
「……あたしの生命が危ぶまれると現れる。そういう仕掛けになっている。こっちの意志はおかまいなしにね。消しても消しても湧き出る虫みたいなもんさ」
「なるほど、あなたのご夫君の遺志というわけですね。クローンを造るには、設備も費用も時間もかかる。だからせめてホログラムで〝メリッサ〟を生み出し、遍く銀河を照らし続けようとした。あるいは、あなたの同胞殺しを許していないという遺言か。まあ、その両方でしょうね」
愛されていたのですね、とにっこり笑い掛ければ、剃刀じみた一瞥を投げられた。
もちろん、皮肉だった。
〝こっちの意志はおかまいなしにね〟──きっと彼女は幾度か自死を試している。その度に、増殖して拡散される己の情報。九十九体の同胞を殺した罰であり、呪い。
「そんなにも愛し、愛されていたあなたが、別の誰かを愛するなんて、意外ですね」
これも皮肉だった。
「私の父、ヨダカを覚えていますか? ヨダカは語ってくれました。一人の魔女と一羽の青年の物語を。誤って彼を撃ってしまったことに深い悔恨を覚えていた」
小型船を墜落させた代償に薔薇園の修繕をさせられたという、童話めいた話を。
「星間渡り鳥だった青年を喪ったあなたは、旅先で記憶を喪った私と出逢い──これは偶然が必然かわかりませんが──、わざわざ額の傷を消して〈宇宙の缶詰〉を持たせ、ヨダカの元へ送った」
「……知らないね。あたしがやったという証拠でもあるのかい」
ありません、と正直に答える。
「でも、あなたしかありえない。私たち親子の事情を知っているのは鳥だった青年だけです。彼から聞かされていたのではありませんか」
「覚えがないね」
「ヨダカに事故死した息子が見つかったと思わせて、やっぱり人違いだったとぬか喜びさせたかったのですか? それが想い人を撃ち殺されたあなたの復讐でしたか?」
「知らないって言ってるだろう」
私は魔女の言葉を無視して続けた。
「レッテルを貼り替えただけで、人は中身を違えます。サバ缶か、ツナ缶か、ネコ缶か、多少の生臭さに首を傾げる人もいるでしょうが、気付かない人は存外多い。博士はデザートのソースを赤い色からか、すももと苺を間違えていましたね。人は見掛けに騙される。レッテルの一枚で態度を変える。反転する場合もある」
──そんな人間が滑稽で愉快でしたか。
私は問い掛ける。多少の焚き付けも含めて。
けれど、魔女が感情を露わにすることはなかった。
上空で鳥たちが旋回し、時折、羽根が落ちてくる。中洲に降りようとしながらも、先ほどの発砲を警戒しているのだろう。
無視されたかと訝った頃、魔女は重たげに口を開いた。
「……赤い薔薇に憧れ、長い時間をかけて育てた薔薇が、望んだ赤ではなく、黄色の花を咲かせたとして」
彼女は鳥たちに警戒されていない。つまりは懐かれている。彼女自身は鳥たちを害鳥呼ばわりしていたが、実際のところは違う。
「手塩にかけた分、黄色い薔薇に愛情は持つだろう。でもどんなに尽くしても黄色い薔薇は赤くはならない。黄色い薔薇は赤い薔薇の代わりにならない」
「……誰のことを言っているのですか?」
──兄にはなれない。だから弟になった。人にいわれるまでもなく。
「でも、そもそもの赤い薔薇が黄昏の星に咲いていて、ただ赤く見えていただけなのだとしたら」
暗闇の中、さながら白い羽根のスポットライトを浴びる一人芝居の女優。こちらの質問には答えず、胸に綴られた脚本を読み上げる。きっと、何度も繰り返し、考えられ、練り込まれたそれ。
「薔薇に向けていた憧れやら愛は、どこへ消えちまうんだろう」
「だから……試したと?」
──自分たち親子で。
本物と偽物の境目。
兄と弟に向けられたそれぞれの愛情は。
「……あなたは、結局、誰を愛していたんです?」
女優は答えない。自分だけ台詞を言い終えて、あとはぼおと突っ立っている。
腹は立つが、最早、構わなかった。為すべきことは同じなのだから。
流星雨の勢いが弱まっていた。
十二時間二十四分三十七秒はまだ経過していないが、博士の計算よりも早くに〈星休み〉は終わる。そのはずだ。
か細い金針は途切れ途切れ、地表に届く前に消える。薄荷糖が舌先で音もなく溶けるように。
魔女がいる中洲のそのまた向こう、黒一色でしかなかった空の際が金赤色を帯びて、プラント群のシルエットを映し出す。相変わらず、煙突から煙が湧き出ていたが、嫌な臭気は感じられない。
赤、橙、鴇色、金色、白、白藍、桔梗色──陽の絵筆はいとも容易く、闇夜に塗り潰されていた秘密を暴き出す。
「……なんだい、これは」
魔女から純粋な驚きの声が漏れ、私は少しの満足を覚えた。
だけれど、それ以上に同感で私自身驚いた。これほどの影響を与えるとは──




