【5】★★
「中央──地球連邦政府から命令が下りた。〈銀河の最果て〉の観測所を取り壊し、惑星缶詰循環工場を建設すると」
〈銀河の最果て〉は銀河の清流美しき貴重な自然保護区域だ。シイナも惑星の〈庭園〉に飛来する星間渡り鳥を愛していた。別の理由もあったわけだが、好ましく思っていたのは事実だ。ススキにリンドウ、河底を透かして見える色とりどりの小礫、夜空を埋め尽くす白い影。その脳裏に描くどの風景にも彼女が佇んでいる。
そこで改めて知る──〈銀河の最果て〉は彼女の形見なのだと。
しかし、下手に目立った動きをすれば、成りすましが露見しかねない。レム博士の免許や資格も多数使用しており、どんな罪に問われるのか。そもそも、結果的とはいえ、レム博士の死体を隠匿している。
「〈缶詰〉は〝循環〟させるのであり、環境には限りなくやさしい持続可能な計画であり、野良〈缶詰〉を放置しておく方がよほど宇宙に悪い──そんなふうに押し切られて、結局、俺は惑星缶詰循環工場建設に反対できなかった。
ただ、現場責任者には自分を就かせるよう、それだけは譲らなかった。こちらはすんなり承認された。中央にとっては遥かな辺境、誰も行きたがらない。渡りに舟だったのだろう」
──そうして、このありさまだ。
元エリオ青年である惑星缶詰循環工場現場責任者は、〈缶詰〉の雪崩に押し流され仰向けになったまま嘆息する。
第二貯留穴の底、一度は魔女を待つと決めたが、徐々に息苦しくなり、再度〈缶詰〉階段づくりにチャレンジしていた途中だった。
「ほんの一年で河は濁り、植物は枯れ果て、空気は悪臭漂うようになった。渡り鳥にも被害が出た。サイハテはナレハテとなった。彼女に会わせる顔がない」
私は、博士の懺悔に、慰めの言葉をかけることはしなかった。
「それにしても、銀河中の〈缶詰〉の廃棄場とは壮大ですね。どさくさにまぎれて都合の悪い
〈缶詰〉も廃棄しちゃえ、という感じの」
博士は〈缶詰〉の雪崩から生還しつつ、物言いたげな視線を送ってきたが、気付かないふりをする。
──〝魔女〟がやってきたのは、と話は続く。
「……惑星缶詰循環工場が完成した年だ。亡くなった連れ合いの気に入りの惑星だったと言って、旅行鞄ひとつ提げてやってきた。そうして、〝おまえがレム博士の偽物だと知っている、ばらされたくなければ工場で自分を雇え〟と脅してきた」
耳を傾けながら、散乱した〈缶詰〉を均し、できるだけ大きな缶詰を選別して並べてゆく。
「数年のうちは警戒していたが、そのうち阿保らしくなった。どうせ行く末は決まっている、びくびくしたってしようがない。それからどんどん人員削減されて、雑事をこなし切れず、逆に魔女は手放せない人材になっちまった。今じゃ二人きりの精鋭だ。住まいも共同、そっちの方が衣食住の都合の便がいい。あと、悔しいが魔女の料理の腕は自動調理器より上だ。でもたまに、彼女がしぶしぶ振舞ってくれた自動調理器の味が懐かしくなるがな」
歓迎されていないふりを思い出したのか、博士は泣きそうに笑む。
今度は、助け舟ではないが、痛みますかと足の具合を尋ねた。コンベアに攫われたトランクを追いかけた時は、忘れていたと言っていたが。
「……ほとんど痛まないな。暑さを除けば、体調はすこぶる良い」
「何よりです。代謝がよろしいようですね」
博士は白衣だけでなく、水玉パジャマの上着も脱いでいた。焼却装置の熱が伝わってきているのか、ひどく暑い。
「君も脱いだらどうだ。そんな首まであるコートを着て見ているだけで暑苦しい」
「いえ、身の危険を感じるので」
「どういう意味だ」
上半身裸で、筋肉質で、マスクを装着した初老男に対する偏見ではあったが。
悄然としていたふうな博士は少し元気が出たのか、ぐいぐいとこちらの袖を引っ張ってくる。せっかく並べた〈缶詰〉をわちゃわちゃ蹴散らすのもお構いないしに、私たちは揉み合った。
高級な丸ハムめいた太い腕を振り払おうとしたはずみで、指先が当たったのか、コートの一番上を留めていた釦がひとつ外れる、と。
「……君は、一体、何者なんだ?」
まくれ、肌が露わになった首元を見据え、問うてくる。その視線を避けるように、私は釦を嵌め直し、襟を立て、告げる。
「申し遅れました。私は、開拓星の権益を守る非政府組織の一員です。中央の支配を監視し、是正勧告する」
まったくピンとこないという表情だった。
博士の出自は地球であり、どちらかと言えば体制側の人間だ。無理もない。
私自身が望んだ職ではなく、消去法で選んだ生業だった。無器用でなければ、父の跡を継ぎたかったのだが。
博士、そう呼び掛けながら一歩近付けば、相手は一歩後退る。磁石のNとN、SとS、同じ極同士のように。未知なるものにその反応は正しい。
「……私について語りましょう。けれど、それにはまず、海なら川、春なら冬、子なら親と、連なる物語を聴いていただかなくてはなりません」
よろしいでしょうか、問えば、博士は呆気にとられつつも頷いた。
「では、どうぞ、楽にお座りください。お耳を拝借いたします」
私は芝居がかったお辞儀をして、聴衆に一礼する。
「さあ、星語りましょう──幕が上がるは、鳥と魔女と密猟者の物語。どなたさまにも、ご傾聴賜りますよう──」
心持ち声を遠くまで飛ばした。離れた場所で聞き耳を立てる誰かにも聞き取りやすいよう。




