五語り、〈銀河の播種〉10(終)
なぜなら、その二カ月後、公務員から『妊娠したからあんたは子どもの父親だ。籍を入れる』という妙な語順のSNSが入ったからだ。いやいやいやいや。時は新しい元号が発表されたちょうど一年後――つまりは四月一日。いやいやいやいや。
当然俺は疑った。当夜の記憶が曖昧であり、恥を忍んで下半身の症状も告げたが、公務員は、俺としか寝ていない、籍を入れる前に興信所を雇ってもらっても構わないけれど、生まれてからDNA鑑定をした方が確実ではないか、と見解を述べた。
公務員が言うのならば、間違いないのであろう。そう感じるほどには、俺は公務員のひととなりを知り始めていた。
某新型ウイルスにより延期に延期を重ねた地球規模の大運動会がようよう開催された年の冬、俺は双子の男女の父親となった。
双子の子育てはムリゲーであり、サバイバルであり、戦場だ。
公務員は、俺の伴侶であり、戦友であり、運命共同体となった。
敵は二匹の悪魔で怪獣で異星人だ。見事な連携プレーで、俺たちの平凡、平坦、平穏無事であるべき人生をことごとく殲滅しにかかる。電気コード綱引き、洗面器での入水自殺未遂、取っ組み合いの末に互いを窒息死させようという家庭内バイオレンス。一方が窓辺へ乗り出す冒険心を発揮すれば、もう一方はハンドソープを賞味しようとするグルメっぷりを披露する。
社長の勧めで、俺は自社で男性社員初の育休を取得した。配慮はありがたかったが、『育休』ってなんだ『育戦』にすべきだろと、お上に届くはずもない愚痴をこぼした。そして一日と置かず二代目社長――坊は連絡を寄越し、あれどこ、これどうする、どっちにするの! とかしましかった。
いわゆる保活も行い、夫婦ともに八時間の常勤、双子加点もあったのだがそれでも激しい接戦となり、最終的に抽選となったが、公務員は見事当選を引き当て、なんとか目当ての保育園への入園を決めた。
共働きとなるわけで、もちろん家事育児は折半となる。どちらが得意とか、どちらが休みとか、どちらが早く帰れるとか、役割分担を交渉する暇もなく、ただ仕事と家庭を滞りなく多少の汚れは無視して〝回す〟ということを主眼とし、俺と公務員は戦い抜いた。
双子が生まれ、俺は募金を止めた。最初は忙しさの波間に飲まれていただけだったのだが、多少の余裕というか慣れができた後もしなくなった。小金であろうと大金であろうと、マイホームにファミリーカーに学資ローンに医療保険、その他諸々切実なほど金が必要となったから。双子のために。俺はもう、いつか銀河を廻り巡ってミヤコに流れ着くかもしれない募金はできなくなってしまった。
もし、公務員に相談したなら、必要ならすればと、すげなく、理知的、端的に言われたと思うのだが、それでも俺はできなくなった。
双子を眺めていると時折、胸がきゅうと苦しくなる。まるで焼け付く夕日の初恋だ。
娘を見れば、公務員の胎から出てきたものの、もしか〈卵種〉かもしれず、いつか旅立ってしまうのかと不安でならない。
息子を見れば、いつか彼女ができて人生の最高潮を迎えるも、相手が〈卵種〉かもしれず、俺と同じく置いてきぼりにされるのかと不憫でならない。
どちらも妄想だが俺を憂鬱にさせるには十分だった。
その精神安定剤として、俺はよく並んで眠る二匹を両腕広げていっぺんに抱き締めた。未来に対して何の保障にもならない抱擁は、いやになるぐらいセロトニンを大放出させて、束の間、俺を幸福な心地にさせる。
今日も二人を抱き締めていると、その真ん中でうっかり寝落ちしてしまった。
一体どれほど眠りこけてしまったのか、夕暮れ色した部屋の中に、細い影が入り込んでくる。公務員が帰ってきたのだと半覚醒ながらも気付いた。
その日彼女は休日出勤で、俺が一日双子の面倒を見ていたのだった。気付きながらも眠くて眠くてどうしても起き上がれない。同時に冷蔵庫の箱はあと幾つ残っていただろうか、頭を回転させようとするが、鈍い軋みをあげるだけで動こうとしない。
と、公務員は屈み込み、双子の顔にそれぞれ唇を寄せ、それから最後に俺を抱き締めた。毛布を覆い掛けるに似た、やわらかくあたたかなそれ。
――あんたが双子にやさしくするから、その褒美に抱き締めてやっているんだ。
公務員は行為の理由を、そんなふうにうそぶく。
俺がやさしい? 嘘だろう、ミヤコにこれっぽっちもやさしくなかったというのに。
知ろうとする前も、知ってしまった後もやさしくなかった。それなのに俺がやさしくされるなんてあまりに理不尽だった。理不尽過ぎて泣きたくなるほどに。
でも、もしも。もしも俺が本当に小指の先分でもやさしくなっていて、やさしくされ返されたというのなら。
やさしさは循環し、広がり、いつか遠いどこかでも芽吹くだろうか。流れ流れて、遙か彼方、太陽系外惑星、何万光年その先で、誰かがあいつにやさしくしてくれるというのなら。
俺はもう募金をしない。
そうなんだー、気にしなくていいのにー、という都合の良い幻聴が響く。
女が別れた男をいつまでも想っているのは幻想だと、世間ではよく言う。男の恋愛は保存、女の恋愛は上書きとも。しかし、俺の容量も財布も貯金も小さく、いつまでも保存できない。
きっと多分、近い将来、幻聴すら聞こえなくなるだろう。双子がいて、公務員がいて、忙しいから。総じてそれをなんと呼ぶか、俺は薄々気付き始めていた。
俺はミヤコを忘れる。強姦までして繋ぎ止めたかった女を忘れるなんて、吐き気がするほどの身勝手だ。
だから、せめて、代わりに、今更、自己満足で。
銀河の片隅、うすっぺらでちっぽけでやすっぽいやさしさを無節操に蒔き散らす。おそらくは、ミヤコの言うところの下心とか打算とか気遣いに満ち満ちたやさしさを。
大丈夫、安心しろ、きっとすぐに飽きるから。




