【4】★★
惑星缶詰循環工場とは、つまりは惑星缶詰廃棄工場である。
宇宙航行法により、宇宙を往く者は、〈宇宙の缶詰〉を発見したら回収して宛先へ届ける(あるいは近付ける)最大限の努力を払うことが義務付けられている。だが、当然ながらそれらの行為にはコストがかかる。
また、発見したら必ず回収しなくてはならないというルールを悪用して、広告・政治活動・宗教勧誘などに利用されることもあり、〈缶詰〉は宇宙を往く者にはしばしば
厄介者とされた。
現在では〈缶詰〉のばらまきは禁止されているが、禁止以前のそれら〈缶詰〉は未だ宇宙を漂っている。本来なら、最後の命綱となるはずが。
そこで宛先に届けられることのなかった未開封の缶詰の回収・選別・再利用・最終処分の施設として惑星一つを改造したのが、ここ惑星缶詰循環工場だった。もちろん、莫大な資金が必要であり、官営──一般に官営と言えば地球連邦政府を指す──である。
「まるきり映画のセットですね」
社会見学の子どもそのままに、きょろきょろと周囲を見回す。前を見ないと危ないぞと言われたそばから銀色に光るダクトの出っ張りに顔を痛打した。
私と博士がいるのは惑星缶詰循環工場の地下だった。
博士は責任者として〈星休み〉中の外出は認められないとした。だが、内出ならギリセーフと許可をもらったのだ。
地表の工場群が見学できないのは残念だったが、コートの上に防流星雨合羽を被らずに済んだ。清浄機能付きマスクを外すことはできないが。
住居シェルターから地表には上がらず、地下通路を経て、分厚い二重扉、エアカーテンを幾度も抜けて、ぽっかり広々とした空間に出る。
そこは空から缶詰が降り零される巨大な貯留穴だった。
「〈宇宙の缶詰〉は、銀河の方々から回収船で集められた後、空中プラットホームから落とされて貯留穴に溜められる。惑星の三分の一は貯留穴が占めているな」
群青の画用紙に定規で金色の線を引いたような流星雨の背景に、船影が缶詰を落としてゆく。虫がぽろぽろ糞を落とすにも、戦闘機が爆弾を落とすにも見えた。
「回収船は一度も降りてこないのですね」
「土地が限られているから、着陸せずに済む設計がしてある。すべてオートメーション化されていて、あれらの回収船も無人だ」
調味料をがばがば入れられる鍋の底にも似ており、ならば具材はいつもこんな埋め尽くされる心地なのかもしれない。私は貯留穴の周囲に巡らされた柵から身を乗り出して回収船を眺めた。
おいおい、危なっかしいな落ちんでくれよ、と博士は私の肩を引く。が、起き上がりこぶしのようにまた柵へと体勢を崩してしまう。おおい! とがっしり腕を掴まれて、なんとか事なきを得た。自分自身があやうく具材になるところだった。
「そいつは置いてくるべきだったんじゃないか。誰も盗りゃしないだろう」
博士が半眼で傍らのトランクを見る。親の手をしっかと掴む子のように私はハンドルを握りしめていた。この重みでバランスを崩してしまったのだ。
「中身を他者に見られたなら、愧死しますので」
「出しそびれた恋文か。それとも冒頭で挫折した書きかけの小説とか」
「どっちかと言えば、後者のが恥ずかしいですね」
冗談はさておき、父の形見も入っているものですから離れがたいのです、と言えばファザコンかと返された。違いない。
シャワーを浴びた後だったにも関わらず、博士は惑星缶詰循環工場の見学の案内役を買って出てくれた。
正直を言えば案内は不要と思っていた。まして博士は足を傷めているのだ、遠慮をしたものの、トイレ掃除も風呂掃除もクリアした、案内ぐらいできるとよくわからない比較でこちらを説き伏せてきた。別段、案内料を払うわけでもないのに。
「星間通信があるとはいえ、会話に飢えている」
「魔女さんがいるじゃないですか」
「話していて楽しい相手じゃない。コイバナとかできんし。あれは人として規格外だ」
そういう意味なら私も大差ないと思いますがと返すが、博士は聞く耳を持たない。さあ、次へ行くぞと、なぜかやる気に満ちている。
「〈缶詰〉は貯留穴に溜められた後、一次選別され、コンベアで運ばれ、中身ごと破砕機にかけられる。素材によって破片の大きさが変わるので、ふるいわけられるわけだ。何度か回転ふるいにかけられ、燃焼、溶解など、それぞれの炉で適した処理をされる。炉は全部で、十三基だったか。高温になるので、地表に建っているが」
月に腕を伸ばさんばかりの、天突く塔の数々を思い出す。あれらが、炉の排煙設備なのだろう。
「もちろん、炉の蒸気は発電や温水に利用している。つまりは、自動調理器も、シャワーも。昔は職員用の温泉施設もあった」
私と博士の靴音と機械音をBGMに解説は続く。
「そして炉で処理される過程で、〈缶詰〉に込められていた情報や感情は気体となっているが、時には有毒となる。減温させ、フィルターを通し、反応塔を経て、清浄化させて排出させる。まあ、この辺は機密事項であまり詳しくは言えんが」
官営とあり、惑星缶詰循環工場は広大で、年季は入っていたが設備は十二分に立派なものだった。
「すばらしく見応えがありますね、とても半日では回り切れない。一か月ぐらい滞在できないものでしょうか」
──もちろん、滞在費は払います。
そう、続いて口に出す前に。
「駄目だ!」
すぐ隣で叫ばれて、呆気にとられて博士を見つめる。一般に言うところの〝博士〟のイメージよりも、ずっと壮健な、歳経た男性を。
「〈星休み〉が過ぎたら、すぐに出ていけと言っただろう!」
「私がいるとまずいことがあるのですか?」
相手が激高すると、かえってひどく冷静になることがある。静かなトーンで問えば、博士は視線を逸らした。
「いや、別に、ない」
髭の奥でもにゃもにゃと言い、
「わかった、〈宇宙の缶詰〉の個人の持ち込みは禁止されているが、特別に許可する。ただし魔女には秘密だ、だから早くここから出ていくんだ」
会話を打ち切ろうとする博士の水玉パジャマの上に羽織った白衣の胸元を掴む。
「どうして惑星缶詰循環工場はお二人の他に職員がいないのですか? ここで一体何が起きるのです?」




