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四語り、〈星の魔女〉

〝  百万本の薔薇

   大河の一雫

   銀河の幾千億の星

   それでもきっと見つけ出す

   声を嗄らし、腕を失い、魂がすりきれても、求め続ける

   不思議な力、それは魔法、貴方にかけた狂おしい想い…… 〟


 虹色の髪を靡かせた女が古びたギャラクシーサービスエリア(GSA)の食堂で微笑を湛えて唄っている。

 小柄ながら長い手足、真珠色の肌、母なる地球を彷彿させる青い瞳。

 〈星翔ける魔女メリッサ〉――半世紀前の宇宙開拓時代に一声を風靡したアイドルのミュージックホログラムだ。

 しかし、彼女は墜ちた巨星であった。


「なんで〈星の魔女〉なんぞ流してんだ」

「勝手に受信しちまうんだよ」


 店主たる老女がなじみ客に答えれば、初老の銀河航路運転手(長距離ドライバー)は苦虫を噛んだ顔を覗かせた。

 彼も魔女に熱狂した一人なのだろう。多感で多情で多淫な青少年の頃。


「星の魔女って何?」

「魔女だよ、魔女。純な男を(たぶら)かした百人の」


 ――百人? カウンター隣席の若いドライバーが瞬く。


「胸糞わりぃ話さ。騙されてたんだ」


 と、チャイムが狭苦しい食堂を震わせた。まばらに座っていた客はカードを振って清算を済ませ、上着を肩に掛けて出てゆく。


「無駄口叩いてないで、あんたらも急がないと転送門(ゲート)がしまっちまうよ」 


 ――ほら行くぞ。痛いって、ひっぱんないでよ。


 ミュージックホログラムに魅入っていた若人はしぶしぶ腰を上げる。人の動きと感情を感知し、メリッサは手を振った。初老の舌打ちにもめげず。

 そして老女以外の誰もいなくなった食堂で、メリッサは再び唄い始める。

 リピートされる曲を止める術もなく、ただ聞き流して老女は食洗器を稼動させた。


 デビューは彗星のごとく鮮烈だった。

 類稀なる美貌、唄声、神秘性。若干十七歳の少女は一気にスターダムを駆け上がる。

 積極的に地球外プロモーションを展開し、人々は危険を顧みず開拓先に慰問へやってきたメリッサを熱狂的に迎え、彼女も応えて銀河の此方から彼方まで翔んだ。

 星々を股にかける、銀河一のタフネス・ガール。

 宇宙を切り拓く、フロンティア・ウーマン。

 もう一つの太陽、スター・オブ・ザ・スター。

 けれどそれは嘘っぱちだった。


「まだ流しているのか」


 一週間後、一人でやってきた初老ドライバーはさも嫌そうに言う。


「しようがないだろ、純な男たちの恋心が宿ってるんだから」


 老女が嫌味を込めて言い返せば、初老は眉間の皺を深くする。

 ここ数日で客の動向を学習したメリッサは、律儀にもイラッシャイマセと一礼してから唄い始めた。

 このミュージックホログラムは、地球の放送を受信できない惑星開拓民が、銀河のどこでもメリッサを愛でられるようにと無節操に飛ばした浮遊人工惑星から発信されているのだった。〈星の魔女〉が発禁処分となり半世紀が経つ今でも。


「いつもの」

「塩鯖定食とポテトサラダね」


 ――俺はMHより静かにあんたと話しているほうがいいんだよ。

 注文の確認に滑り込まされた初老の呟きを、老女はメリッサの唄同様に聞き流した。



 客が引けた深夜、老女はゴミバケツを洗いに屋外に出た。デッキブラシを使って、ひたすら磨く。

 一息ついて屈めていた腰を伸ばせば、満天の星空が覆い被さってくる。

 絶景ではあるが、何十年も眺め続けていればどうということもない。汚染が進んだ地球ではもう拝めぬ景観だというが。

 半世紀前、開通したばかりの銀河航路沿いにちっぽけな惑星を購入して、店を開き、ずっと銀河の片隅で一人生きてきた。今更だ。この幾千億の星の中、たった一人。


 〝 百万本の薔薇

   大河の一雫

   銀河の幾千億の星

   それでもきっと見つけ出す

   声を嗄らし、腕を失い、魂がすりきれても、求め続ける

   不思議な力、それは魔法、貴方にかけた狂おしい想い…… 〟


 今夜はやたらと唄が響く。惑星の大気が澄んでいるのか……あるいは。

 ミュージックホログラムに対する客の反応は世代によって真っ二つに分かれた。若人は比較的好意的に受け止め、老人は嫌悪を露わにして出て行く者もいた。とんだ営業妨害だが、まあ無理もない。

 〈星翔ける魔女〉の成功にはカラクリが仕込まれていた。

 仕込んだのはグスタフと呼ばれるプロデューサー兼マネージャーであり、彼は巨額を投じて巨星(アイドル)を打ち上げた。

 メリッサは遺伝子操作の結果造り上げられたヒトクローンだったのだ。その個体数百の。

 九十九のスペアがあるからこそ、彼女は銀河一のタフネス・ガールでありえた。

 スキャンダルどころか、クローン法を犯す重罪であり、彼と百体のメリッサは銀河指名手配となる。

 当局は、人類の倫理観を根底から覆しかねないメリッサの存在を躍起になって消そうとし、〈星の魔女〉に関するあらゆるメディアが発禁処分となった。

 しかし、それ以上に凄まじかったのが、メリッサに恋焦がれていた若者たちの拒絶反応だ。広大な宇宙にたった一人だからこそ想いを捧げた――彼らは自らの手で偶像(アイドル)を破壊した。


 たった一人に捧げる、その尊さはわからなくない。

 ならば、グスタフなる男はその尊さが理解できなかったのか。

 否、彼は誰より骨身に染みて知っていた。なぜならクローンのオリジナルは彼の亡き妻なのだから。事故で失った妻を取り戻し、二度と見失わぬ様、宇宙を(メリッサ)であまねく照らそうとしたのだ。

 老女は猫の額ほどの庭で育てている薔薇の茂みに歩み寄った。どの薔薇も美しく香り高いが、たった一輪選ぶとしたら。


 メリッサ、呼ぶ声が聞こえて反射的に振り向く。


 茂みの対岸には、コートを纏った細長い影が佇んでいた。

 すでにCLOSEDの札を掛けてあり、影は客ではない。そして彼は老女を五十年隠し通してきた本名で呼んだ。互いに皺深くなっているが間違えようはない。


 待ち人の来訪は予期していた。ミュージックホログラムを発信していたのも彼なのだろう。おそらくは打ち棄てられていた浮遊人工惑星をハッキングして。

 つまりは警告だ。自分の居場所を突き止め、逃げる(、、、)猶予を与えた。

 グスタフと百体のメリッサは未だ指名手配を解かれていない。

 秘密が暴露され、逃亡生活を送る中、九十九体の同胞を殺したことに後悔はなかった。彼を重責から解放したかったという気持ちにも嘘は無い。けれどそれ以上の欲求があった。

 そして貴方からも逃げて、この銀河の片隅で待ち続けていた。たった一人(、、、、、)になるために。


 果たして彼は、どの立場で自分を追ってきたのだろう。


 九十九体の亡き妻のクローンを殺した憎むべき殺人犯か。

 この宇宙にたった一人となった愛しい女か。

 銃か、刃か、選び抜いた一輪の薔薇か。

 彼が背に隠し持つそれを、最後の魔女は微笑を湛えて受け容れる。

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