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狼は強く、そして弱い

臨月。


リュシアンの腹は、はっきりと命の重みを宿していた。


「……重い」


小さく呟くと、即座に支える腕。


「座れ」


「今座りました」


「横になれ」


「今座りましたってば」


アルヴェインは本気で顔が険しい。


ここ数ヶ月、彼は完全に壊れていた。


仕事は減らした。

外出は制限。

階段には滑り止め。

屋敷の床は全部ふかふか。


過保護の極み。


だが今日は、いつもと違う。


狼の耳が、落ち着かない。


「……そろそろだ」


低い声。


本能が察している。


その時。


腹が、きゅ、と強く張る。


「っ……」


リュシアンが息を呑む。


アルヴェインの瞳が金に染まる。


「痛むのか」


「だ、大丈夫、まだ」


言い終わる前に、次の波。


今度は明確。


アルヴェインは真っ青になった。


「医師を呼べ!」


怒号。


使用人が飛び出す。


リュシアンは苦笑する。


「あなたの方が落ち着いてください」


「無理だ」


即答。


膝をつき、腹に触れる。


震えている。


あの完璧な男が。


「俺が代われればいいのに」


掠れた声。


「痛みは全部、俺が受ける」


リュシアンは息を整えながら微笑む。


「これは、二人の子です」


「分かっている」


「だから、あなたはそばにいて」


それだけでいい。


その言葉に、アルヴェインは黙る。


ぎゅ、と手を握る。


時間が進む。


陣痛は強くなる。


リュシアンの額に汗が滲む。


アルヴェインは、その度に顔色を失う。


「息を」


医師の声。


「ゆっくり」


リュシアンが耐える。


アルヴェインは、その手を離さない。


「……リュシアン」


かすれる。


「ここにいる」


もう何度目か分からない言葉。


やがて。


産声が、響いた。


小さく、でも確かな命の声。


世界が止まる。


「……」


アルヴェインが動かない。


医師が笑う。


「元気な男の子です」


抱き上げられた小さな身体。


狐の耳。


そして、狼の尻尾。


混ざった奇跡。


リュシアンの胸に乗せられる。


温かい。


涙が零れる。


「……可愛い」


その横で。


アルヴェインが、崩れた。


本当に。


膝から。


「……生きている」


震える声。


そっと、指で触れる。


小さな手が、ぎゅっと握り返す。


その瞬間。


狼の目から、涙が落ちた。


「……俺の、息子」


嗚咽を堪える声。


「ありがとう」


誰に向けたのか。


子か、リュシアンか。


たぶん両方。


「名前」


医師が尋ねる。


アルヴェインは、迷わず答えた。


「シエル」


空の色。


二人を繋いだ、あの夜の色。


リュシアンが微笑む。


「素敵です」


アルヴェインは、親子を抱き寄せる。


壊れた狼は、もう恐れない。


守るものが、腕の中にある。


「俺は強い」


小さく呟く。


「だが、お前たちの前では弱くていい」


リュシアンは彼の肩に頭を預ける。


「ええ。弱いあなたも、好きです」


狼の尻尾が揺れる。


狐の尻尾が絡む。


そして、小さな尻尾がぴくりと動く。


白い結婚から始まった物語。


勘違いとすれ違いを越えて。


溺愛夫と、愛され狐と。


小さな奇跡。


三人の未来は、どこまでも甘い。

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