触れれば届きそうな距離
淡い光は、ほんの一瞬だった。
アルヴェインの腕の中で、ルカの体がかすかに輝く。
「……魔力?」
低い声。
鋭い金の瞳が細められる。
ルカは息を止めた。
やばい。
ばれる。
だが光はすぐに消えた。
部屋は元の静寂に戻る。
アルヴェインはしばらくルカを見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「狐族は感情で魔力が揺れる」
呟き。
その声はどこか確信を帯びている。
ルカの心臓が跳ねる。
まさか。
いや、でも。
アルヴェインはゆっくりと、ルカの頬に触れた。
親指で涙の跡をなぞる。
「……泣き虫だな」
その仕草が優しすぎる。
「誰かを想っている顔だ」
どきりとする。
アルヴェインはルカを寝台に座らせ、自分も隣に腰を下ろした。
距離が近い。
視線がまっすぐ向けられる。
逃げ場がない。
「ルカ」
低く、柔らかい声。
「お前の瞳は、あいつと同じ色だ」
鼓動がうるさい。
「似すぎている」
ルカの指先が震える。
アルヴェインの手が、それを包んだ。
大きい。温かい。
「……もし」
そこで言葉を切る。
「もし、お前があいつなら」
空気が凍る。
ルカの呼吸が止まる。
アルヴェインの瞳は真剣だ。
冗談ではない。
本気で疑っている。
だが次の瞬間。
彼は自嘲するように笑った。
「馬鹿なことを」
手を離す。
「願望が過ぎる」
胸が締めつけられる。
あと少しだった。
あと一歩だった。
だが同時に、安心もする。
今ばれたら。
どうなる。
怖い。
嬉しい。
ぐちゃぐちゃだ。
アルヴェインは立ち上がり、水を持ってくる。
戻ってくると、自然にルカを膝へ乗せた。
まるでそこが定位置のように。
「今日はここで寝ろ」
低く言う。
「……一人にしたくない」
その言葉は、無意識。
ルカの耳がぴくりと動く。
「離れていくのは、もう十分だ」
苦い声。
本音が漏れる。
ルカは思わずアルヴェインの胸に頬を寄せた。
鼓動が速い。
強い狼の心臓が、不安で揺れている。
「甘やかしすぎだな」
アルヴェインはそう言いながら、尻尾をゆっくり揺らす。
完全に溺愛モードだ。
指先で、狐耳を撫でる。
根元を優しく。
ルカの体がびくりと跳ねる。
「そこは弱いか」
低い笑い。
ぞくりとする。
やめてほしい。
でもやめないでほしい。
完全に理性が揺らぐ。
「……あいつにも、こうしてやればよかった」
後悔。
「触れれば壊れそうで、怖かった」
本音。
「だが今なら言える」
アルヴェインは、眠りかけたルカの額に口づける。
長く、優しく。
「愛している」
断言。
迷いはない。
その瞬間。
ルカの体が、また強く光った。
今度はさっきよりもはっきりと。
アルヴェインの瞳が見開かれる。
魔力の波が広がる。
一瞬。
輪郭が揺らぐ。
小さな手が、ほんの一瞬だけ大人の指へ変わる。
アルヴェインは確かに見た。
「……リュシアン」
名前が零れる。
ルカは慌ててしがみつく。
光が消える。
再び五歳の姿。
沈黙。
重い沈黙。
アルヴェインの指が、ゆっくりとルカの頬を持ち上げる。
真っ直ぐ見つめる。
「お前は」
喉が鳴る。
ルカは震える。
言えない。
言えない。
だが。
アルヴェインは静かに額を合わせた。
「……今はいい」
低い声。
「無事なら、それでいい」
気づいている。
ほぼ、気づいている。
だが追い詰めない。
逃げない。
待つ。
それが彼の答え。
「戻るなら、俺の腕の中に戻れ」
宣言。
独占欲が滲む。
狼の尻尾が大きく揺れた。
ルカは思う。
この人はもう、気づいている。
でも。
自分から言わせたいのだ。
白い結婚を終わらせる言葉を。




