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ルカと呼ばれる子

「名前は」


アルヴェインが静かに問う。


食事のあと、応接室の長椅子。


ルカと名付けられた小さな狐は、膝の上で指をいじっていた。


名前。


とっさに浮かんだのがそれだった。


「……ルカ」


幼い声でそう言うと、アルヴェインは一瞬目を細めた。


「ルカか」


その響きを確かめるように、低く繰り返す。


「いい名だ」


そのまま、頭を撫でる。


優しい手つき。


狼の大きな手が、小さな狐耳を包む。


気持ちよくて、目を細めてしまう。


その様子に、アルヴェインの喉がわずかに鳴った。


「……本当に似ている」


ぽつりと漏れる。


ルカはどきりとする。


アルヴェインの視線は、柔らかい。


あの冷静沈着な当主の顔ではない。


ただの、一人の男の顔。


夜。


屋敷の捜索は続いている。


だが手がかりはない。


リュシアンは忽然と消えたまま。


アルヴェインは執務室で書類を閉じた。


膝の上には、ルカ。


眠そうに目をこすっている。


小さな体が、こくりこくりと揺れる。


「眠いか」


こくん。


素直な返事。


アルヴェインは立ち上がると、そのまま寝室へ向かった。


なぜか自分の部屋だ。


客間ではない。


自然に足が向いていた。


寝台に座り、ルカを抱え直す。


軽い。


あまりにも軽い。


腕にすっぽり収まる。


胸の奥が、妙に熱い。


「……リュシアン」


無意識に名前が零れる。


ルカの体がぴくりと反応する。


アルヴェインは気づかない。


視線はどこか遠い。


「俺は間違えた」


低い独白。


夜の静寂に溶ける声。


「距離を置けば、楽だと思った」


白い結婚。


あれは保険だった。


嫌われたくなかった。


重いと思われたくなかった。


だから番契約を急がなかった。


だが。


「いなくなるくらいなら」


拳がきしむ。


「嫌われてもよかった」


本音。


ルカの胸が締めつけられる。


アルヴェインは小さな額に手を当てる。


「ルカ」


優しく呼ぶ。


「もし、好きな相手がいたらどうする」


突然の問い。


ルカは目をぱちぱちさせる。


アルヴェインは苦く笑う。


「俺はな、臆病だ」


そんな言葉、聞いたことがない。


完璧な狼の当主が。


「子供が好きだと言えなかった」


空気が止まる。


「欲しかった」


声がわずかに揺れる。


「リュシアンとの子が」


世界が止まる。


ルカの目から、大粒の涙がこぼれた。


ぽたりと落ちる。


アルヴェインが驚く。


「どうした」


慌てて頬を拭う。


その仕草が優しすぎる。


「泣くな」


額に口づける。


軽く、でも確かに。


ルカの体が熱くなる。


「俺はあいつを愛している」


断言。


迷いがない。


「最初に会った日からだ」


十六の、雨の日。


リュシアンが覚えているあの日。


「だが、嫌われていると思っている」


自嘲。


「俺は不器用で、強引で、怖がらせただろう」


違う。


違うのに。


ルカは思わずアルヴェインの胸にしがみついた。


小さな腕で、ぎゅっと。


アルヴェインの呼吸が止まる。


「……慰めてくれるのか」


低く笑う。


優しい笑い。


そのまま強く抱きしめられる。


温かい。


安心する。


こんなにも愛されていたなんて。


知らなかった。


知らなかった。


「戻ってきてくれ」


夜に溶ける願い。


それは、腕の中の本人へ向けられている。


ルカはわかる。


アルヴェインだけが気づいていない。


そしてそのとき。


ルカの体が、淡く光った。


感情と魔力が、また共鳴する。


アルヴェインは目を見開く。


「……ルカ?」

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