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最強の男は、たった二文字で崩れる

春。


庭の花が咲き始めた頃。


シエルは、つかまり立ちを覚えた。


狐の耳がぴこぴこ動き、狼の尻尾が小さく揺れる。


奇跡の混ざり子。


「危ない」


アルヴェインが即座に支える。


「まだ早い」


「成長ですよ」


リュシアンが笑う。


シエルは二人の間で、楽しそうに声を上げる。


「あー!」


可愛い。


アルヴェインは、もうすでに限界だった。


「天才かもしれない」


「親バカです」


そんな穏やかな午後。


事件は、何の前触れもなく起きた。


シエルが、アルヴェインを見上げる。


じっと。


金と琥珀の混ざった瞳。


そして。


「……ぱ」


空気が止まる。


リュシアンも、アルヴェインも。


「……ぱ?」


アルヴェインが復唱する。


鼓動が早い。


シエルは、もう一度口を開く。


「ぱぱ」


世界が崩れた。


アルヴェインが、崩れ落ちる。


本当に。


膝から。


「……今、聞いたか」


震える声。


リュシアンは目を潤ませながら笑う。


「ええ。ちゃんと」


アルヴェインは、ゆっくりとシエルを抱き上げる。


壊れ物よりも慎重に。


「もう一度」


真剣な顔。


「父に言ってみろ」


シエルは楽しそうに笑い、


「ぱぱ!」


追撃。


狼、完全崩壊。


「……俺は今、死んでもいい」


「駄目です」


リュシアンが即座に否定。


アルヴェインは涙を堪えきれない。


強くて完璧な男が、子の前で泣いている。


「ありがとう」


小さな手に額を押し当てる。


「父にしてくれて」


リュシアンの胸も熱くなる。


あの白い結婚から始まった日々。


すれ違い。


勘違い。


五歳児騒動。


嫉妬。


番契約。


出産。


全部が、この瞬間に繋がっている。


「……アルヴェイン」


名前を呼ぶ。


彼は振り向き、今度はリュシアンを抱き寄せる。


シエルごと。


三人がひとつになる。


「お前がいたからだ」


低く、真剣な声。


「お前が俺を愛してくれたから、今がある」


リュシアンは微笑む。


「最初から、あなたしか見てません」


狼の尻尾が大きく揺れる。


「……もう一人欲しい」


懲りない。


「今その流れで言います?」


「今だからだ」


真顔。


リュシアンは笑いながら頬にキスをする。


「順番です」


シエルが二人を見て、


「あー!」


幸せの声。


アルヴェインは、もう一度息子を抱きしめる。


「ぱぱは強い」


涙声。


「だが、お前たちには弱い」


最強の男は、家族の前でだけ崩れる。


それが、愛。


白い結婚は、もうどこにもない。


あるのは、溺愛と、確かな絆。


そしてきっと――


この家は、もっと賑やかになる。

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