最強の狼、夜泣きに敗北する
深夜。
静まり返った屋敷に、突如響く声。
「――あ゛ぁああああああ!!」
シエルの夜泣きだった。
次の瞬間。
アルヴェインは跳ね起きた。
「敵襲か」
違う。
「……シエルです」
リュシアンが半分寝ぼけながら言う。
だが狼はすでに臨戦態勢。
「何があった」
「お腹か?寒いのか?暑いのか?」
ベビーベッドを覗き込み、真剣そのもの。
シエルはさらに大声。
「ぎゃあああ!」
アルヴェインの耳がぺたりと伏せる。
「なぜ泣く」
赤子は理由を言わない。
「抱いてみます」
リュシアンが起き上がろうとすると、
「動くな」
即座に制止。
「俺がやる」
真夜中でもスパダリ。
シエルを慎重に抱き上げる。
腕は大きいが、動きは信じられないほど優しい。
「……父だ」
真顔。
「安心しろ」
赤子は泣く。
アルヴェインの額に汗。
「なぜだ」
完全敗北。
リュシアンはくすりと笑う。
「おむつかもしれません」
「替える」
即答。
だが。
慣れない手つき。
真剣すぎる顔。
シエルは容赦なく暴れる。
「待て」
「動くな」
「いや動くなは無理ですね」
リュシアンが横から補助する。
ようやく完了。
そして再び抱き上げる。
今度は少し揺らす。
「……よしよし」
ぎこちない。
だが、低い声が心地いいのか。
シエルの泣き声が弱まる。
「ほら」
リュシアンが微笑む。
「あなたの声、好きみたいです」
アルヴェインが固まる。
「俺の?」
「ええ」
その瞬間。
狼の理性が溶けた。
「俺の息子だな」
誇らしげ。
さらに揺らす。
「父はここだ」
完全にメロい。
やがてシエルはすやすや眠る。
小さな寝息。
アルヴェインはしばらく動かない。
壊れ物のように見つめている。
「……奇跡だ」
ぽつり。
「こんな小さな命が、俺たちのものだなんて」
リュシアンが後ろから抱きつく。
「あなたが望んだ未来ですよ」
アルヴェインは振り向き、そっとキスを落とす。
「もう一人欲しい」
唐突。
「早いです」
「いや、兄弟は必要だ」
本気の顔。
「気が早いです!」
狼は真面目に計画を立て始める。
「屋敷を増築するか」
「まずは寝てください」
リュシアンが笑いながら額を押す。
アルヴェインは観念し、隣に横になる。
シエルを真ん中に。
川の字。
「……守る」
眠る子を見ながら呟く。
「お前も、シエルも」
リュシアンはその腕に包まれる。
「ええ。あなたがいるから大丈夫」
狼の尻尾が二人を包む。
狐の尻尾が絡む。
小さな尻尾がぴくりと動く。
最強の男は、夜泣きに翻弄される。
でもそれが、最高の幸せ。
白い結婚から始まった物語は、
今や、温かな家族の物語へ。
そしてきっと――
甘さは、まだまだ増えていく。




