第6話:全知全能の竹馬と、黄金のベーゴマ
「テンカイ・コミティア」の熱狂から数日。天界は静まり返っていた。
……いや、正確には「静まり返らざるを得なかった」のだ。
ソフィオスはSNSの「いいね」の数字が気になって知恵の演算が止まり、タナトスはアイドルの配信を見すぎて目の下にクマを作っている。神々は、便利すぎる人間界の「デジタルな刺激」に少々疲れ果てていた。
「皆さん、なんだか顔色が悪いですね。全知全能の脳が、情報の波に溺れて窒息しかけています」
アストラは、絡まった自分の法衣の裾をハサミで切り落としながら(結び目を解くより効率的だという、彼女なりの『ズレ』た解決策だ)、広場の中心に「原始的な道具」を並べた。
「今日は、脳ではなく『体』、そして『全知全能の予測』をあざ笑う『摩擦と重心』の遊びをしましょう。――昭和の路地裏シリーズです」
アストラが取り出したのは、二本の竹の棒――竹馬だった。
「これは、ただの棒に乗って歩く。それだけです。ですが、神の魔力を使ってはいけません。自分の重心と、大地の引力の対話だけで進むのです」
「……馬鹿げている。そんな単純な物理法則、計算するまでもない」
軍神マルスが鼻で笑い、竹馬に飛び乗った。
だが、次の瞬間。
「お、おわっ!? ぬおーーっ!」
重力を司るはずの軍神が、無様に地面に這いつくばった。
「マルス様、忘れていませんか? 竹馬は『完璧な静止』を許しません。常に動き、微細なズレを調整し続けなければならない。……全知全能の貴方が、自分の足の裏の感覚一つ、制御できないなんて『面白すぎ』ませんか?」
「ぬぐぐ……! 面白いだと!? この俺が……地面に負けただと!?」
マルスの目に、パチンコの時とは違う、野生的な闘志が宿った。
さらに、アストラはタナトスとソフィオスの前に、金属の塊――ベーゴマを置いた。
「これは、紐を巻き、回転のエネルギーをぶつけ合う決闘です。ですが、見てください。このコマの表面はガタガタで、形も不揃いです」
「アストラ、なぜ削って左右対称にしないのだ? 重心バランスが悪すぎる」
知恵の神ソフィオスが、職業病的な指摘をする。
「ソフィオス様、そこが『フレーバー』なんです。この不均等な形が生む『予測不能な揺らぎ』こそが、最強の攻撃力を生む。完璧に円いコマは、単調で面白くないでしょう?」
神々は、紐を巻くという「指先の細かい作業(非効率)」に苦戦しながらも、次第に夢中になっていった。
天界の広場で、最高位の神たちが「よーい、のこった!」の合図で、地面に這いつくばって金属の独楽を弾き飛ばし合っている。
「行けっ、私の『知恵の旋回』!」
「甘いぞソフィオス! 食らえ、めろんちゃんへの愛を込めた『漆黒の回転』!」
ガチィィィン! と、火花が散る。
全知全能の彼らは、もはや「世界を支配する」ことなど忘れていた。
ただ、「紐の巻き具合」や「床との摩擦係数」という、あまりにも具体的な問題に、神としての全存在を懸けていた。
「……あはは、皆さんいい顔ですね」
アストラは、自分の竹馬で器用に……いや、案の定、盛大にバランスを崩してソフィオスの上に倒れ込んだ。
「あわわっ、すみません! でも、倒れる瞬間のこの『あ、終わった』っていう感覚、全知全能の私たちには一番のスパイスだと思いませんか?」
下敷きになったソフィオスは、泥だらけの顔で笑った。
「……全くだ。アストラ。完璧な未来が見えないことが、これほどまでに『自由』だとは、知恵の神たる私も気づかなかったよ」
その時、天界の空が黄金色に輝き、地を揺るがすような重厚な声が響き渡った。
「……これはいかなる事態か。我が神域が、子供の遊び場と化しているではないか」
現れたのは、天界の最高権威――最高神ゼウス。
彼は、泥だらけでベーゴマを回す神々と、鼻に煤をつけたアストラを見下ろし、雷光を纏わせた。
だが、アストラは全く動じず、予備の竹馬を最高神の前に差し出した。
「あ、最高神様! ちょうど良かったです。今、『誰が一番長く竹馬に乗れるか選手権』の決勝戦なんですよ。参加しますか? 負けたら罰ゲームで、一晩中『おしくらまんじゅう』です!」
最高神の眉間に青筋が浮かぶ。
だが、彼はアストラの持った竹馬の、使い込まれた「竹の節の手触り」に、何故か懐かしい感覚を覚えていた。




