第5話:聖域の即売会(コミケ)と、神々のオフ会
家庭と趣味の両立の難しさを感じるこのごろ
天界に、かつてない「殺気」と「高揚」が満ちていた。
神々がそれぞれの「推し」や「自作の格言」をSNSで発信し続けた結果、彼らはある結論に達したのだ。
「画面越しでは足りん。我々の熱量を、物理的な『質量』としてぶつけ合う場が必要だ」
知恵の神ソフィオスが、徹夜明けの充血した目で宣言した。彼の手には、全知全能の知恵を無駄に注ぎ込んだ「パチンコ攻略概念本(コピー誌)」が握られている。
アストラは、法衣の裾をシュレッダーに巻き込ませながら、満面の笑みで提案した。
「それなら、人間界の聖なる祭典を模倣しましょう。その名も……『テンカイ・コミティア』。自分たちの『好き』を形にして、対面で交換するオフ会です!」
かくして、天界の神聖な広場は、数万のサークル卓(雲で作った机)が並ぶカオスな即売会場へと化した。
「……アストラ。これを見ろ。私の、めろんちゃんへの愛を凝縮した『聖画集』だ」
タナトスが、普段の沈黙が嘘のような早口で迫ってくる。表紙には、彼が全知全能の作画スキルで描いた、異常にクオリティの高いアイドルの絵。
「だが……誰も手に取ってくれん。なぜだ? 私の画力は銀河一のはずだ」
「タナトス様、それは貴方の絵が『完璧すぎて隙がない』からです。……隣の卓を見てください」
そこでは、軍神マルスが『絶対に失敗する筋トレ料理・全集』という、ページが油でギトギトの、誤字だらけの本を売っていた。そして、そこには長蛇の列ができていた。
「ええい、マルス! なぜ貴様の拙い本が完売するのだ!」
「はっはっは! タナトス、お前の絵には『温度』がない。俺の本には、プロテインをこぼした跡や、フライパンを爆発させた『身体性(ライブ感)』があるんだよ!」
神々が、自らの「完璧」を捨て、「いかに面白い失敗をしたか」を競い合う地獄のような、しかし最高に楽しそうな光景。
「あはは、皆さん盛り上がってますね!」
アストラも、自分の卓を出していた。タイトルは『全知全能がコーヒーをこぼす48の理由』。
中身は白紙だった。印刷所にデータを入稿する際、間違えて「全消去」ボタンを押したらしい。
「アストラ、これは……落丁か?」
ソフィオスが呆れて尋ねる。
「いいえ! 『全知全能でも予測できなかった空白』という名の、究極の省略美学です!」
「……っ! なんという……なんという大胆な『ズレ』だ。この白紙から、読者は無限のドジを想像せねばならんのか。これこそが、読者の想像力を信頼した究極の表現……!」
ソフィオスは感動のあまり、震える手で「聖なる輝石」をアストラに差し出し、白紙の本を買い占めた。
その時。
会場に、下界から迷い込んだ「本物の人間」の霊魂が一人、紛れ込んだ。
彼は神々の熱狂を見て、震えながら呟いた。
「なんだここは……。神様たちが、俺たちより必死に『無駄なこと』をしてる……」
その言葉を聞いた瞬間、アストラは躓いて、人間界から取り寄せた「イカの塩辛」の瓶を、会場の中央に鎮座する「世界の理」の石柱にぶちまけた。
石柱は塩辛の塩分で化学反応を起こし、七色に輝き始める。
天界の法則がまた一つ、書き換えられた。
「神は、不完全であることを誇るべきである」
という、新たな真理が刻まれたのだ。
「あ、またやっちゃった。……でも、この色、綺麗ですよね?」
アストラが笑うと、会場にいたすべての神々が、それぞれの「無駄な戦利品」を掲げて、かつてない大歓声(オフ会の盛り上がり)を上げた。




